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2008年4月19日 (土)

記事タイトル

イワナの夏

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 その昔、渓流釣りマニアの友人に誘われて、秋田の山深い渓流に通ったことがあった。

 ぼくは、魚を釣るよりも、恐ろしく澄んだ流れをのんびりと木漏れ日が踊る岸辺から眺めながら、他愛もない思考に遊んだり、 読書をしているほうが楽しくて、ついに、釣りの魅力には引き込まれなかった。

 この『イワナの夏』 の著者、湯川豊氏は、元文芸春秋社の名編集者で、植村直巳を発掘したことでもよく知られている。

 本人は渓流釣りをこよなく愛するアングラーで、釣行のエピソードや釣師の生態が、よく伝えられている。

 釣りは"Seek and Find"(探し求め発見する)旅だと言われるそうだが、このイワナの夏では、 単に幻の魚を求めるだけでなく、そのSeek Tripを通して、意外なものをFind=発見する楽しみ……というか「性」が面白い。

 とある渓流で出会った渓流乞食は、仕事も家庭も捨てて、渓流でテント生活を送りながら訪れる釣師たちから施しを受けて生活している。 そんな姿に釣師としてのある種の憧れと、完全にアウトローになりきれないその人間に対する反発を感じるが、 後にその渓流乞食が東京の雑踏の中で本物の乞食になっている姿を見て、声も掛けられず、こそこそと遠ざかっていく。

 そのほかにも、釣師ならではのユニークなキャラクターがたくさん登場する。そのいずれもが、ペーソスな味わいを漂わせる。

 でも、光踊る夏の渓流の描写は、「このまま光の中に消え入ってしまいたい」という、作者の幼い頃からの幻影とダブって、 心地いい陶酔感をもたらしてくれる。

 また久しぶりに、ほとんど振らないロッドを携えて、渓流へと出かけてみようかと思わされた。

2008年1月31日 (木)

記事タイトル

江戸と現代 0と10万キロカロリーの世界

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 竹中平蔵氏が主催するライフスタイルサロンで、江戸時代を題材にした小説や文化論、 エネルギー論で知られる石川英輔氏の講演を聞いた。

 「ダモクレス」 、「earth」 でも触れたように、地球温暖化による人類存亡の危機が刻々と迫る中で、江戸時代の洗練されたリサイクル社会についての石川氏の紹介は、 とても刺激を受ける内容だった。

「ハイブリッドにしようが、電気にしようが、クルマほど無駄な移動手段はありません。だって考えてもみなさい、 私は体重68kgですけど、その自分の体と、ちょっとした荷物を運ぶために、1tとか2tの『物体』を動かさなければならないんですよ。 電気だろうがガソリンだろうが、2000kg-68kg分のエネルギーは、まったくの無駄になっているわけですからね」

 といった調子で、身近なものの事例をたくさんあげて、現代がいかに非効率な社会で、 リサイクルやサステイナブルからいかに遠いかを教えてくれる。

「昭和35年くらいまでは、江戸率は70%くらいだったんですよ。この当時は、 日本人一人当たりのエネルギー消費率は1万キロカロリー/日で、今の10分の一以下。それが大阪万博の頃には、5万キロカロリー/日で、 今の半分のレベルになる」

杉の風呂桶」 でも書いたように、ぼくが子どもの頃は、ペットボトルなどなくて、市販の飲料は、すべて使いまわしできるガラス瓶に入っていたし、 着るものは天然素材のものがほとんどだった。小さな畑で祖母と野菜を育てていたが、 それだけで一家五人が食べる野菜の半分以上はまかなえていた。手漕ぎの井戸から溢れる水はとても冷たくて、旨いミネラルウォーターだった。 田んぼや畑には、下肥が使われ、畑に踏み込んで遊んでいると肥溜めに落ちたりしたものだった。

 子どもの頃の朝のぼくの日課は、味噌汁に入れるためのニラやらほうれん草やらを畑に取りに行き、鶏小屋に入って、 けたたましく威嚇してくる雌鳥を半泣きになって追い散らして、生みたてのタマゴを強奪してくることだった。

 あの頃は、たしかに石川氏が言うように、「江戸率=リサイクル率」がとても濃い時代だった。

 便利になったようで、逆に、物事の意味が希薄になり、いつも気ぜわしく追い立てられている今に生きていると、一つの理想郷として、 子ども時代が思い起こされる。

 今と比べて、何か不自由だったかという、とくに思い至らない。あの頃は、もっと季節感がはっきりしていて、人の生き方も、 季節の変化との一体感があった。

 江戸時代に逆戻りして、質素で穏やかな暮らしができればいいとは思わないし、それが可能だとも思わない。 車がここまで普及した世の中では、それを一気に公共交通機関や自転車に切り替えようというのも現実的ではないし、 より燃費のいい車に切り替えたり、代替燃料を使ったりすることもとても大切だと思う。

「私が住んでいる家は、もうだいぶ古くて、この前、タイル張りの風呂が壊れてしまったんですけど、昔の家は、 最初に風呂を作ってから周りを造作していくから、今までの大きさの風呂は入らない。

 そこで、建物を壊さずに入れられる風呂にしたら、これがもう、座棺のように膝を曲げないと入れなくてね。最初は、 風呂で足を伸ばすこともできなくて情けないと思ったんですけどね。

 使う水が少ないから、風呂はすぐ沸いて、ガス代も浮くし、もちろん水道代も安くなった。洗濯機に残り湯を移すと、 風呂桶の1/3くらいは使うので、水を有効利用している満足感もあってね、逆に楽しくなってきたんですよ」

 『風呂は、手足を伸ばしてゆったりと浸かりたい』といった、価値観というには大げさだけれど、 当たり前のように思っているイメージをいったん払拭して、小さい風呂ならではの利点を見つけ出して楽しむように、生活の様々な局面で、 『足るを知る』といった視点でライフスタイルを見直していけば、案外、楽しく生きていけるし、それが波及すれば、今、 人類にとって差し迫った課題になっているサステイナブルな世の中というのが、実現できるのかもしれない。

2007年12月 2日 (日)

記事タイトル

遅ればせながら……

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 最近、何故か、様々な場面で「星野道夫」に出くわす。それは、ただの偶然なのか、それとも、今、 日本で星野道夫というナチュラリストへの関心が高まっていて、出くわす頻度が高くなっているせいなのか?

 いずれにしても、亡くなってから10年が経って、星野さんと「出会いなおし」ているように感じている……。

 夏に浅草のデパートで開催された写真展が発端だった。

 大井町で開かれていた「バンフ山岳映像祭」を目当てに出かけていったのだが、「マイナーな映画だし、当日券があるだろう」 との当てが外れて一日だけの機会を逃してしまい、それに代わるものが何かないかと考えて、ふと思い出したのが、 数日前に何かで見て手帳に日程を記しておいた星野道夫写真展だった。

 星野さんといえば、昔、SEGAで一緒に仕事をしていて、後に"Think the Earth"を立ち上げた上田壮一さんが思い出される。上田さんが、SEGAのプロジェクトを離れて、 ガイアシンフォニー第三番の助監督として星野さんを取材しようとしていた矢先、当の星野さんはカムチャッカで帰らぬ人となってしまった。

 星野さんと打ち合わせを進め、監督の龍村仁さんとガイア3の具体的な構想を進めていた上田さんは、 明日から星野さんに密着取材するためにアラスカに行くという日に訃報に接し、途方に暮れてしまっていた。

 結局、ガイアシンフォニー第三番は、主人公である星野道夫の過去の映像と写真、文章を散りばめながら、 彼の周囲にいた人たちに綿密に取材することで、星野道夫の生き様と精神を蘇らせたものだった。

 とてつもなくピュアで、人を愛し、自然を愛し、人からも自然からも愛される人間、そんな彼の姿が、はっきり浮かび上がってきた。 ソローは、『ウォールデン』という名著をものしたが、彼は、結局、都市に戻った。一方、星野道夫はずっと自然の中にあって、 そこを自らが生きる社会とし、そこで家族を持ち、そして、自然へと召還されていった。その意味では、 星野道夫はソローよりももっとずっとソローらしい一生を生きたのではないかと思えた。

 それまでも星野道夫の名は知っていたし、アウトドア雑誌などで、その作品を観たことはあった。でも、正直言って、ガイア…… を観るまでは、さほど自分にとって関心を掻き立てる人ではなかった。

 そして、ガイア……で、あらためて星野道夫という人、その人となりを知って関心は持った。だが、 ゲーム開発というパラノイアな時間を過ごす中で、次第にその関心も薄れ、星野道夫という名は記憶の中に埋没していってしまった。

 今年の夏、浅草の写真展で「出会いなおした」ともいえる星野道夫は、一気に、10年前の記憶をよみがえらせると同時に、 彼の写真から伝わってくる自然をみつめる優しい視線と、 大自然の中に一人ぽつねんと佇み続けたことで生み出された洞察に満ちたエッセイの断片が、深く心に染みこんできた。

 そして、生前にどうして出会う機会がなかったのか、その後ガイア…… を観た後にどうして彼への関心が自分の中で持続しなかったのか不思議に思うと同時に、「そうか、ようやく、自分は、 星野道夫という人が表現しようとしていたことが、今になって理解できるようになったんだ。だから、ようやく、今、彼への関心が、 自分の中で確かなものになったんだ」と感じた。

 それからだ、星野道夫との出会いが続き始めたのは。

 今年完成した、ガイアシンフォニーの最新版である6番を観に行くと、そこでは、 主要なモチーフとして再び星野道夫が取り上げられていた。さらに、何気なく手に取った雑誌のいくつかにも、星野道夫が特集されていた。

 そして、ぼくは、今になって彼の著作を読み、かつて上田さんが助監督を務めた「ガイアシンフォニー3」を見直した。

 出会いなおした星野道夫は、とても新鮮だった。

『私たちは、千年後の地球や人類に責任を持てと言われても困ってしまいます。言葉の上では美しいけれど、 現実としてやはり遠すぎるのです。けれどもこうは思います。千年後は無理かもしれないが、百年、二百年後の世界には責任があるのではないか。 つまり正しい答えはわからないけれど、その時代の中で、より良い方向を出していく責任はあるのではないかと』

『ぼくは、ドンが好きだった。どこか、一つの人生を降りてしまった者が持つ、ある優しさがあった』

『ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もう一つの時間が確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、 心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは天と地の差ほど大きい』

『政治も、社会も、何もなかったように変わってゆく。そして個人の夢や、人々の文化だけがしたたかに残ってゆく』

『誰もが何かを成し遂げようとする人生を生きるのに対し、ビルはただあるがままの人生を生きてきた。 それは自分の生まれもった川の流れの中で生きていくということなのだろうか。ビルはいつかこんなふうにも言っていたからだ。 「だれだってはじめはそうやって生きてゆくんだと思う。ただみんな驚くほど早い年齢でその流れを捨て、岸にたどり着こうとしてしまう」』

 これらは、星野道夫の代表的な著作、「旅をする木」に記された言葉だ。

 あらゆる場面で行き詰まりを感じ、目標が見当たらない現代という時代、彼のこうした言葉は、 途方もない安心感を与えてくれると同時に、生きる上での希望や方向性を示してくれる。

 「旅をする木」とは、星野道夫が敬愛した動物学者で、アラスカに核実験場を作る計画が持ち上がった際に、敢然と反対を唱え、 アラスカ大学の教員の職を追われたビル・プルーイットの"Animals of North"の第一章のタイトルだった。

 早春のある日、一羽のイスカがトウヒの木に止まり、この鳥が啄ばみ落としてしまった種が辿る物語。 トウヒの種は様々な偶然を経て川沿いの森に辿りつき、そこで一本の大木に成長する。

 そして長い年月の後、その大木は川の浸食によって流れに押し流され、ユーコン川からベーリング海へと運ばれていく。

 海を渡ったトウヒは北のツンドラ地帯に流れ着き、木のないその世界で唯一のランドマークとなる。これに狐がテリトリーの匂いをつけ、 やがて、その狐の足跡を追っていたエスキモーに見つけられて、彼の原野の家のストーブの燃料となる。

 ストーブの中で燃え尽きたトウヒは、大気の中に拡散してゆき、そこからまた、新たなトウヒの旅路が始まる。

 そんな、「生の循環」への賛歌が、星野道夫の一貫した姿勢だった。

 20代の頃、親友を山で失い、人生の儚さを痛感するとともに、一度限りの人生を悔いなく生きなければと決心する。そして、 アラスカの風景と出会った彼はその風景に導かれるままに彼の地に渡る。

 旅をする木のトウヒのように、流れに逆らわず、自らの周りをピュアな眼差しで真っ直ぐに見つめ続け、そして、あのトウヒのように、 生の循環の一つの節目として、彼はいったん去っていく……。

 たぶん、カムチャッカで彼岸に召された彼の魂は、また新たな生の循環の中に下りてきたのだろう。それが、今、 星野道夫が再注目され始めたということなのだろう。

 ぼくは、遅ればせながらでも、星野道夫という人の魂に触れることができて幸せだったと思う。

記事タイトル

遅ればせながら……

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 最近、何故か、様々な場面で「星野道夫」に出くわす。それは、ただの偶然なのか、それとも、今、 日本で星野道夫というナチュラリストへの関心が高まっていて、出くわす頻度が高くなっているせいなのか?

 いずれにしても、亡くなってから10年が経って、星野さんと「出会いなおし」ているように感じている……。

 夏に浅草のデパートで開催された写真展が発端だった。

 大井町で開かれていた「バンフ山岳映像祭」を目当てに出かけていったのだが、「マイナーな映画だし、当日券があるだろう」 との当てが外れて一日だけの機会を逃してしまい、それに代わるものが何かないかと考えて、ふと思い出したのが、 数日前に何かで見て手帳に日程を記しておいた星野道夫写真展だった。

 星野さんといえば、昔、SEGAで一緒に仕事をしていて、後に"Think the Earth"を立ち上げた上田壮一さんが思い出される。上田さんが、SEGAのプロジェクトを離れて、 ガイアシンフォニー第三番の助監督として星野さんを取材しようとしていた矢先、当の星野さんはカムチャッカで帰らぬ人となってしまった。

 星野さんと打ち合わせを進め、監督の龍村仁さんとガイア3の具体的な構想を進めていた上田さんは、 明日から星野さんに密着取材するためにアラスカに行くという日に訃報に接し、途方に暮れてしまっていた。

 結局、ガイアシンフォニー第三番は、主人公である星野道夫の過去の映像と写真、文章を散りばめながら、 彼の周囲にいた人たちに綿密に取材することで、星野道夫の生き様と精神を蘇らせたものだった。

 とてつもなくピュアで、人を愛し、自然を愛し、人からも自然からも愛される人間、そんな彼の姿が、はっきり浮かび上がってきた。 ソローは、『ウォールデン』という名著をものしたが、彼は、結局、都市に戻った。一方、星野道夫はずっと自然の中にあって、 そこを自らが生きる社会とし、そこで家族を持ち、そして、自然へと召還されていった。その意味では、 星野道夫はソローよりももっとずっとソローらしい一生を生きたのではないかと思えた。

 それまでも星野道夫の名は知っていたし、アウトドア雑誌などで、その作品を観たことはあった。でも、正直言って、ガイア…… を観るまでは、さほど自分にとって関心を掻き立てる人ではなかった。

 そして、ガイア……で、あらためて星野道夫という人、その人となりを知って関心は持った。だが、 ゲーム開発というパラノイアな時間を過ごす中で、次第にその関心も薄れ、星野道夫という名は記憶の中に埋没していってしまった。

 今年の夏、浅草の写真展で「出会いなおした」ともいえる星野道夫は、一気に、10年前の記憶をよみがえらせると同時に、 彼の写真から伝わってくる自然をみつめる優しい視線と、 大自然の中に一人ぽつねんと佇み続けたことで生み出された洞察に満ちたエッセイの断片が、深く心に染みこんできた。

 そして、生前にどうして出会う機会がなかったのか、その後ガイア…… を観た後にどうして彼への関心が自分の中で持続しなかったのか不思議に思うと同時に、「そうか、ようやく、自分は、 星野道夫という人が表現しようとしていたことが、今になって理解できるようになったんだ。だから、ようやく、今、彼への関心が、 自分の中で確かなものになったんだ」と感じた。

 それからだ、星野道夫との出会いが続き始めたのは。

 今年完成した、ガイアシンフォニーの最新版である6番を観に行くと、そこでは、 主要なモチーフとして再び星野道夫が取り上げられていた。さらに、何気なく手に取った雑誌のいくつかにも、星野道夫が特集されていた。

 そして、ぼくは、今になって彼の著作を読み、かつて上田さんが助監督を務めた「ガイアシンフォニー3」を見直した。

 出会いなおした星野道夫は、とても新鮮だった。

『私たちは、千年後の地球や人類に責任を持てと言われても困ってしまいます。言葉の上では美しいけれど、 現実としてやはり遠すぎるのです。けれどもこうは思います。千年後は無理かもしれないが、百年、二百年後の世界には責任があるのではないか。 つまり正しい答えはわからないけれど、その時代の中で、より良い方向を出していく責任はあるのではないかと』

『ぼくは、ドンが好きだった。どこか、一つの人生を降りてしまった者が持つ、ある優しさがあった』

『ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もう一つの時間が確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、 心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは天と地の差ほど大きい』

『政治も、社会も、何もなかったように変わってゆく。そして個人の夢や、人々の文化だけがしたたかに残ってゆく』

『誰もが何かを成し遂げようとする人生を生きるのに対し、ビルはただあるがままの人生を生きてきた。 それは自分の生まれもった川の流れの中で生きていくということなのだろうか。ビルはいつかこんなふうにも言っていたからだ。 「だれだってはじめはそうやって生きてゆくんだと思う。ただみんな驚くほど早い年齢でその流れを捨て、岸にたどり着こうとしてしまう」』

 これらは、星野道夫の代表的な著作、「旅をする木」に記された言葉だ。

 あらゆる場面で行き詰まりを感じ、目標が見当たらない現代という時代、彼のこうした言葉は、 途方もない安心感を与えてくれると同時に、生きる上での希望や方向性を示してくれる。

 「旅をする木」とは、星野道夫が敬愛した動物学者で、アラスカに核実験場を作る計画が持ち上がった際に、敢然と反対を唱え、 アラスカ大学の教員の職を追われたビル・プルーイットの"Animals of North"の第一章のタイトルだった。

 早春のある日、一羽のイスカがトウヒの木に止まり、この鳥が啄ばみ落としてしまった種が辿る物語。 トウヒの種は様々な偶然を経て川沿いの森に辿りつき、そこで一本の大木に成長する。

 そして長い年月の後、その大木は川の浸食によって流れに押し流され、ユーコン川からベーリング海へと運ばれていく。

 海を渡ったトウヒは北のツンドラ地帯に流れ着き、木のないその世界で唯一のランドマークとなる。これに狐がテリトリーの匂いをつけ、 やがて、その狐の足跡を追っていたエスキモーに見つけられて、彼の原野の家のストーブの燃料となる。

 ストーブの中で燃え尽きたトウヒは、大気の中に拡散してゆき、そこからまた、新たなトウヒの旅路が始まる。

 そんな、「生の循環」への賛歌が、星野道夫の一貫した姿勢だった。

 20代の頃、親友を山で失い、人生の儚さを痛感するとともに、一度限りの人生を悔いなく生きなければと決心する。そして、 アラスカの風景と出会った彼はその風景に導かれるままに彼の地に渡る。

 旅をする木のトウヒのように、流れに逆らわず、自らの周りをピュアな眼差しで真っ直ぐに見つめ続け、そして、あのトウヒのように、 生の循環の一つの節目として、彼はいったん去っていく……。

 たぶん、カムチャッカで彼岸に召された彼の魂は、また新たな生の循環の中に下りてきたのだろう。それが、今、 星野道夫が再注目され始めたということなのだろう。

 ぼくは、遅ればせながらでも、星野道夫という人の魂に触れることができて幸せだったと思う。

2007年9月 5日 (水)

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まっぷる選書でテーマ旅

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**9月3日に刊行された「まっぷる選書」の三冊。それぞれ、 普通のガイドブックには記載されない面白いエピソード満載で、 すぐにでもその場所に出かけたくなってしまう**

 9月3日に刊行された「まっぷる選書」その第一弾ともなる三冊がとても面白い。

 誰でもよく知っている観光地に秘められた悲惨な過去や逸話、日本全国で見られる珍しい自然現象、そして、 自然災害や戦災などで失われてしまった全国の都市や城の遺構。それらを実地に旅した歯切れのいいレポートが掲載されている。

 東京都民のオアシスともいえる奥多摩の「おいらん淵」は、戦国時代に武田家が金山開発をしたところで、 そこで働く工夫を癒すために連れてこられた花魁たちが、秘密を守るために淵に渡された宴席ごと落とされたことでその名がついた。

 北海道の原始の自然の象徴でもある野付半島には、じつはかつて漁師の集まる街があって、娼館が並んでいた。

 一夜にして山崩れで埋まってしまった帰雲(かえりくも)城の黄金伝説。津波に飲まれた日本のポンペイ、「瓜生島」。

 さらに蜃気楼が現れる原理や面白い虹、低緯度地帯で見られるオーロラ等々。

 開いてみると、次から次へと面白いエピソードが出てきて飽きさせない。

 普通のガイドブックには載せられていない、そんなエピソード満載のこのシリーズは、読み物としても面白いが、こいつを持って、 取材陣と同じようにその現場を訪ねてみたいという気にさせる。

 私事になるが、ぼくはもう10年以上前から、聖地が直線上に連なったり、大地の上に星空を象るように聖地が配置される「レイライン」 というものを追っている。

 GPSを片手に、聖地どうしの位置関係や聖地の中に配置された文物の位置関係を検証していくと、じつに興味深いものが見えてくる。

 そのレイラインを検証するツアーなども行っているのだが、毎回、何人もの人が参加してくれる。

 そろそろ、お仕着せの観光旅行も飽きて、自分なりのテーマを決めて旅をして、 その土地に秘められた様々なものを感じ取ってみたいと思う人が着実に増えている。

 そんな人には、まさに打ってつけのシリーズだろう。

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◆まっぷる選書詳細◆

◆レイラインハンティング◆

2007年8月16日 (木)

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スーパーマップルデジタルver.8

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**スーパーマップルデジタルver.8のパッケージ内容。DVD本体、インストールマニュアル、       クイックガイド、そして、今回はお徳用パッケージとして『電子地図ソフトを楽しむ』       という解説本がついた(下の写真)**

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 先月発売された電子地図スーパーマップルデジタルの最新バージョン8をようやくPCにインストールした。

 スーパーマップルデジタルは、ver1の頃から愛用して、取材のプランニングや記事のまとめ用に、 そしてぼくがライフワークとして取り組んでいる「レイラインハンティング」の重要なツールとして、 縦横無尽に活用している。

 その進化をヘビーユーザーとして逐一見守ってきたツールだが、今回は、マイナーバージョンアップというよりは、 大幅なモデルチェンジが行われて、より使いやすくなった。

 まず、大きく変わったところは、都市部では詳細図にすると建物の形状がわかる3Dライクな表示になったこと。これによって、 よりイメージとして位置をとらえやすくなった。

 もう一点、表示部分で大きく進化したのは、山岳部が山と高原地図と同様のカラーの陰影がついたものとなり、 地形が手に取るようにわかるようになったこと。さらに、主要登山道も記されていて、これをオートルーティングできるので、 登山やトレッキングのプランニングにも使えるようになったことだ。従来はオートルーティングはロードマップの範囲内しかできなかったから、 これは大きな進化だ。

 また、GPSのログの取り込みにも対応しており、山行やドライブ、 ツーリングなどのデータをGPSから取り込んで使えるようになっている(ログデータを一旦csv形式に変換するなど、若干の加工が必要)。

 これから、本格的にこいつを活用して、プランニングや記録の実際をお伝えしていくつもりなので、お楽しみに!!

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**インストールはDVDから行う。システムの他、全国分の広域、中域、詳細マップも収納されていて、       全てのデータを合わせると5.1GBになる。必要な部分のデータだけ転送することも可能**

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**パンフレットの他に、画面上で見られる使い方ガイドも充実**

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**都市図をクローズアップしていくと、建物が陰影のついた3Dライクな表示となって、       よりイメージを掴みやすくなっている。山岳部は「山と高原地図」       と同様の彩色された陰影図でこれも地形を掴みやすい**

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**従来はロードマップの範囲内しかオートルーティングできなかったが、       ver.8からは主要な登山道なども対象となった。       これにより登山やトレッキングのシミュレーションも容易に**

■スーパーマップルデジタルver.8■

 

2007年7月25日 (水)

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アルプス登山ガイド 読者モデル募集!!

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 臨場感溢れる写真と詳細なガイドが好評の「アルプス登山ガイド」が、取材同行読者モデルを募集している。

 ルートは、北アルプスの中でももっとも雄大な景色が広がり、しかも静かでゆったりとした山旅が楽しめる雲ノ平をメインとしたコース (折立~雲ノ平~高天原~双六岳~新穂高温泉)。

alps02_8  取材は 2007年8月11日 ~17日(実働5日+予備2日)を予定。

 応募条件は以下の通り
 ●年齢:20~30歳
 ●性別:女性
 ●山歩きの経験があり、北アルプスの連泊縦走の経験がある方
 【必要事項】                           
 ●簡単な山歩き体験
 ●顔がわかる写真(できれば山歩きをしている様子がわかるもの)
 ●連絡先・・・氏名、住所、年齢、職業、電話番号、メールアドレス
 ※お持ちの場合はホームページ、ブログURLのご記入お願いします。

 応募の締め切りは8月3日、採用結果は6日に発表予定。奮って、ご応募を!!

 詳細は、 「山と高原事務局blog」へ

2007年5月31日 (木)

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久高オデッセイ

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 沖縄本島の東、世界遺産の一つである斎場御嶽(セイファウタキ)の沖合に久高島が浮かんでいます。以前、沖縄御嶽探訪記でもご紹介しましたが、 ここは、沖縄創生神話にまつわる「聖地」として知られています。

 女神が拓いたとされる久高島。その女神に仕える「ノロ」と呼ばれる巫女たちが、独特の宗教文化を形作っています。

 恵まれた自然の中にあって、必要なだけのものを戴き、恵みに感謝して、祈りを捧げる生活。それは、 自然と穏やかに共生するための智慧だったことがよくわかります。そして、大量消費社会の現代にもっとも欠けているものであることが……。

 久高島に伝わる「イザイホー」と呼ばれる祭りは、12年に一度、島のノロが総出で行う久高島でもっとも重要な祭りですが、 それが1978年を最後に後継者がいないために途絶されています。

 80年代初頭に500人を越えていた人口が、今ではその半分。ノロの後継者も減り続けています。

 78年の最後のイザイホーを取材し、久高島の歴史と文化を掘り下げることをライフワークとしてきた比嘉康雄さんという方がいました。 この記録映画は、2000年に亡くなられた比嘉さんへのオマージュでもありました。

 今回、ぼくが観た上映では、その比嘉さんの最期の半月あまりを追った『原郷のニライカナイへ』も併映されました。

 末期ガンで余命半月と告げられている比嘉さんは、重病であることなど微塵も感じさせない矍鑠とした姿で、懐かしい久高島を訪ね、 久高島の東にある彼岸=ニライカナイへ向かって、静かに祈りを捧げます。

 自宅の書斎に戻って、淡々と久高島の信仰について語り、最期に監督が「死を目前にして、どのような心境ですか」と、 残酷ともいえるような質問をします。

「不思議なことにね、もうすぐ死ぬということがわかっていても、私は怖さを感じないんですよ。逆に、 自分の人生が久高島とそこに住む人たちに出会えたことで、とても幸せだったと思えるんですね。久高島の信仰では、 肉体は死んでも魂は不滅だとされています。健全な魂はニライカナイへと旅立ち、そして、自分の孫に転生して戻ってくると」

 比嘉さんは、にこやかに笑いながらそう答えます。

51SD2VE5SYL._SS500_   「沖縄でもね、琉球政府が父性原理を持ち込んで、 社会を合理化しようとすると、無駄な争いばかりが増えてしまい、競争社会になってしまった。だけど、 久高島の母性社会に身を置いてみると、自然への感謝の気持ちを持ち続けて生きていれば、 戦争なんて起こるはずがないことがよくわかるんですよ。新しい世紀を迎えて、私たちが滅びずに、幸せであるためには、今一度、 母なる自然に対する感謝の気持ちを取り戻さなければいけないのではないでしょうか……」

 そんな言葉は、まさに辞世となりました。

 比嘉さんは、メッセージとともに、「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」 という素晴らしい著作も残されました。

「私は、ジャーナリストでもなければ研究者でもない。私は、人はどうして生きるのか、人が生を受けたことの意味は何か、 ただそれだけが知りたくて、ずっと旅を続けてきただけなんです……」

 そんな言葉も、深く心に残りました。

 『久高島オデッセイ』は、自主上映という形で、全国各地で上映されています。ぜひ、検索で調べて、近くで上映されていたら、 観に行ってください!!

2007年4月29日 (日)

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熊野古道へ

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 いよいよゴールデンウィークが始まりましたね。ぼくは、まず一足早く九州の阿蘇と由布院を巡ってきました。そして、中一日置いて、 今度は熊野に出かけてきます。

 熊野といえば、一昨年、高野山から熊野古道一体が世界文化遺産に指定され、 このゴールデンウィークもかなり人気を集めるエリアになりそうな雰囲気です。

 ぼくは、学生時代の友人が熊野市の出身であったり、山岳修験に興味を持ってフィールドワークしてきたりしたので、 この地方にはとても愛着があり、何度も訪れています。でも、今回は世界遺産に指定されてから初めての訪問で、どのようになっているか、 楽しみでもあり、少々不安にも感じています。

 なにしろアプローチが遠く、なかなか行きにくいところですから、昔はゴールデンウィークや夏休みでも、訪れる人はごく少なく、 深山の幽幻な雰囲気が楽しめましたが、今はどうなっているのか……。

 数日前からいろいろと資料を集めて、ルートの検討などしてみました。

 今回は、東京から高速道路経由で伊勢に入り、そこから、尾鷲、波田須周辺の熊野古道の伊勢路を散策して、熊野市へ。 さらに熊野三山を巡り、熊野三山のルーツとも言われる玉置山から十津川、熊野古道のクライマックスである中辺路付近を散策して、 できれば高野山から奈良に抜けて戻ってこようと思っています。

 最新のガイドブックを見ると、古道はしっかり整備されていて、「語り部」の方などもいるようで、ただただ痕跡を訪ねた昔に比べると、 だいぶ理解が深まりそうで、期待も膨らんでいます。

 熊野古道といえば、世界遺産の中で、「サンチャゴ・デ・コンポステーラ」と二つだけが、巡礼の道として指定されています。 サンチャゴ・デ・コンポステーラも熊野古道も、それぞれ聖地に向けていくつものルートがあって、それを辿る形になっています。

 紀伊半島全域は「果無山脈」と呼ばれる重畳たる山並みが続き、深い森に覆われた場所で、そこが修験の場とされたのは、 圧倒的な密度を持つ自然の中に身を置くことで、開放的になるというよりは、卑小な自分を痛感して、内面へと自然に視点が行き、 深い思索へ下りていけるからなのかもしれません。

 修験の中ではもっとも過酷といわれる「奥駆け」では、奈良の吉野から入山し、一週間以上かけて熊野までたどり着きます。かつては、 その終着地の一つである那智大社のご神体である那智の滝から身を投げる「捨身修行」も行われたという記録があります。

 徐福伝説や補陀洛浄土をめざした渡海の歴史も残る熊野は、深い自然とともに、その神話性がとても魅力的な土地なのです。

 これから、現地のライブを中心に、ご報告していきますので、どうぞご期待ください。

 

■今回使用する資料■

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**各エリアのガイドだけでなく、読み物としても充実した内容の「にっぽんの旅」 シリーズ**

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**旅のガイドとしては定番の「まっぷるガイド」**

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**今回は本格的な登山の予定はないが、エリアが被る場所のトレッキングがあるので、「山と高原地図」 のコースタイムや水場などを参考にする**

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**ゴールデンウィーク中の予約はなかなか厳しいが、案外当日はキャンセルが出て宿泊可能なことが多いので、 定番の宿のガイドも用意**

 これらのガイドに加えて、今回は、熊野古道に焦点を絞った読み物なども参考図書として、事前に読んだり、持参することにしました。

 また、マップのほうは今月発売になったばかりの「ツーリングマップルR」を持って行きます。

 

 

2007年4月13日 (金)

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ナショジオ写真集「極限に挑む」

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 世界各地の雄大な自然や人々の営みを紹介する「ナショナルジオグラフィック」 の特別編集写真集『極限に挑む』が到着しました。

 1995年に日本版が創刊されて、年間購読者が延べ50万人を突破したことを記念して編集された特別版。酸素が極薄のヒマラヤから、 灼熱の活火山噴火口、極地の海中、地球の芯まで届きそうな深い洞窟、未開のジャングルにモノトーンの砂漠…… 地球上に存在する息を飲む自然と、そこに果敢に挑戦していく人間たちがシャープな写真で描かれています。

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 何故、わざわざ困難で過酷な大自然に、ときに命をかけて挑まなければならないのか? たんに自然の中に身を置くことの爽快感とか、 目標にたどり着いた達成感だとかだけでは説明できないアウトドアフリークともいえる人間たちの心性が、 状況が過酷であればあるほど楽しそうな表情から読み取ることができます。

 そして、極限の写真を見れば見るほど、その場に行きたくなってしまう自分も、彼らと同じアウトドアフリークなんだなと、 思い知らされる一冊です。

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**創刊号から欠かさず購読してきた日本版。書棚の一角が黄色い背で埋められ、そこから、 いつでも世界中にイメージを飛翔させることができる**

■ナショナルジオグラフィック日本版WEBサイト

2007年3月19日 (月)

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社員をサーフィンに行かせよう

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 アウトドアクロージングのトップメーカーであり、環境問題への取り組みや独自の社会貢献に根ざした経営理念から、常に全米の 「働きたい会社トップ100」に名を連ねる『パタゴニア』。

 その創業者であるイヴォン・シュイナードの半生記であり、また経営哲学を語り尽くした一冊です。

 自らが、クライマーとして最高の道具が欲しいと作り始めたピトン(ハーケン)が成功を収め、シュイナードイクイップメント社を設立。 その後、クライミング、サーフィン等のクロージングをこれもまた自分のニーズに合わせて作り始めて、 それがアウトドアアクティビティの最先端にある人々に受け入れられ、気がつけば、トップメーカーにまで成長していた。

 今では、パタゴニアといえば、そのエコフレンドリーな商品群と知的なデザインが、アウトドアシーンだけでなく、 エコロジカルでサステイナブルなライフスタイルを指向する人たちに受け入れられ、パタゴニアを着ることが、 一つの思想表現であるといっても過言でないほどのブランドとなっています。

 ぼくは、もう20年以上も前にシュイナードイクイップメント時代のアタックザックを購入して、長い間愛用していた思い出があります。 それは、「常に最高の品質と耐久性を目指す」というシュイナードの哲学がそのまま商品になったような製品で、どんなにラフに扱っても壊れず、 常に最高の背負い心地でした。

 今では「フリース」といえば、防寒インナーの代名詞のようになっていますが、これを最初に開発したのもパタゴニアでした。そして、 ペットボトルを再生して作り出したフリース素材の「シンチラジャケット」が、まさに、パタゴニアのエコフレンドリーなコンセプトを体現して、 一躍脚光を浴びたのでした。

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**表紙カバーのパイプラインを潜るサーファーはシュイナード自身。伝説的な人物となった今でも、 まだまだ現役だ**

 カタログや通信用の封筒に再生紙を使うことを最初に始めたのもパタゴニアでした。

 単に最先端の材料で最良の製品を作るだけでなく、企業姿勢も常に最先端でありたいと希求して、 実践するパタゴニアのそのバイタリティ……というか、自然体なスタイルがどこに根ざしているのか、 そんなことがとてもよくわかるメッセージがたくさんこめられています。

 自分たちは自然の中に身を置くことで喜びを感じたい。そのためには、良い風が吹いて、最高のライディングが期待できる波が立ったら、 即座に海へ走ってサーフィンしたい。そのために、会社はサーファーにとって最高の波が立つ場所にあって、 いつでも仕事を中断して波に乗りにゆける自由を保ち続けたい。

 実際、パタゴニアでは、仕事は基本的にフレックスタイムであり、いつでもサーフィンをしに行く自由があります。もちろん、 サーフィンだけでなく、それがクライミングであっても、マウンテンバイクであってもかまいません。

 そうして、いつでも自然の中に飛び出していける環境にあるからこそ、仕事を最大限の効率でこなすバイタリティと、 互いにフォローし合うチームワークが生まれるのだと、シュイナードは解きます。

 この作品を読むと、シュイナードの自然体の生き方への深い共感とともに、パタゴニアが、 今の時代に広くユーザーに受け入れられていることの意味がひしひしと伝わってきます。

「ビジネスは(地球)資源に対して責任がある。自然保護論者のディイビッド・ブラウアーは『死んだ地球からはビジネスは生まれない』 と言った。健康な地球がなければ、株主も顧客も、社員も存在しない」
 後書きに記された、訳者がシュイナードと初めて対面したときの言葉です。

 今、この本は、ビジネス書として空前のヒットとなっています。

■パタゴニアオンラインショップ

2007年3月17日 (土)

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ザ・ホエールウォッチング

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 ほ乳類の進化の過程で、ある時、陸に残り続けたものが人間になり、 海に向かったものがクジラやイルカになったという話があるそうです。

 近年、ホエール・ウォッチングやイルカとの触れ合いによる癒しなどがブームになっていますが、もしかすると、 ほ乳類としての自然な本能を失わず、大自然と調和して生きているクジラやイルカと触れあうことで、 人間は深い安心感が得られるのかもしれません。

 また、ルーツを同じくするほ乳類として、クジラやイルカも人間を同種とみなすからこそ、 親しみをこめた仕草や挨拶を返してくれるのかもしれません。

 友人が、沖縄の慶良間にホエール・ウォッチングに行き、大きな鰭を見せて反転したり、潮吹きしたり、ジャンプしたり、 様々な表情を間近で見せられて、とても感激して戻ってきました。このときは、漁船を仕立てたウォッチング用のボートから見ただけで、 いちばん楽しみにしていたシーカヤックで触れあう近さまで行くことはかなわなかったそうですが、次は、 絶対シーカヤックで近くまで行って一緒に遊んでもらうんだと、目を輝かせていました。クジラと人との間には、 何か言葉ではいい表せない交流のようなものが生まれるんだなと、そんな話を聞いて思いました。

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 『ザ・ホエール・ウォッチング』は、英国Quarto社発行『THE WHALE WATCHING』の完全翻訳版のホエール・ ウォッチング写真集&図鑑です。世界中で見ることのできるクジラ・イルカ類を網羅し、貴重な実写真やイラストとともに解説。

 それぞれの種類の概要だけでなく、体形や大きさ、行動、潜伏パターンなどの“識別するための”特徴や、 どこでいつ見ることができるかの“ウォッチングするための”情報、また生息環境、生息海域、個体数などの最新データも収録。

 ホエール・ウォッチングのためのガイドとしてはもちろん、豊富な写真を眺めているだけでホエール・ ウォッチングの臨場感が伝わってきます。

 日本では、これから夏の間にかけて、小笠原、沖縄、紀伊半島沖などで、回遊してくるクジラたちと出会うことができるそうです。

 ぼくは、ゴールデンウィークに熊野古道を巡り、その仕上げに紀伊半島沖でのホエール・ ウォッチングを楽しんでこようと計画しています。

■『ザ・ ホエールウォッチング』

2007年1月 7日 (日)

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小寒の大雪

 昨日から今日にかけて各地は大雪に見舞われました。ちょうど昨日は寒の入りで、二十四節気では20日までが「小寒」、 さらに2月3日までが「大寒」にあたり、一年でもっとも寒い季節ということになります。

 小寒や大寒という言葉は「二十四節気」という暦に基づいたもので、昔の人たちが主に農事暦として利用してきたものですが、 今年のように、寒の入りに大雪に見舞われると、経験則から編み出された二十四節気のような暦が正確であり、 生活実感をともなったものであることがよくわかります。

 ぼくは、いつもデスクサイドに「えこよみ」を置いて、その日の二十四節気と七十二侯を確かめるようにしています。 七十二侯は二十四節気をさらに細分化しておよそ五日間ほどの間に移ろう季節を表現したものです。

 1月6日から10日までは七十二侯では「せり、すなわちさかう」。 春の七草の一つである芹が雪の下で成長していることを表しています。

 寒という季節の中には、すでに春の準備が着実に進んでいる。そんなことを「せり、すなわちさかう」という言葉が、 はっきりとイメージとして実感させてくれます。

 「えこよみ」は、「地球のことを考えよう」をテーマに、様々なプロダクツを生みだし、イベントを企画する"Think the Earth project"がプロデュースして、一昨年から発行されている絵本で、今年は07、08年版が発売されています。

 植田真さんのほのぼのしたタッチの水彩に加藤久人さんの優しくわかりやすい解説を載せた、心和む一冊に仕上がっています。

 自然の微妙な変化を二十四節気、七十二侯という古代から受け継がれてきた言葉に翻訳されると、自分たちは自然と一体であり、 人間は紛れもなく自然に生かされているんだということを実感させてくれます。

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●Think the Earth project●
http://www.thinktheearth.net/jp/

2006年9月 5日 (火)

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神宮備林

birin01  いつのまにか9月に入り、夕暮れも早くなって秋を感じるようになってきました。今年の夏は夏らしい日が少なかったせいか、少々物足りなかった気がしますが、その分、個人的には涼しい秋にフィールドでいろいろと楽しもうと目論んでいます。

 また、秋はアウトドアにベストなシーズンであるとともに、涼しい夜長に読書にふけるのもいいものです。そこで、今回は、一冊の本とともに、日本の「森」について少し触れてみたいと思います。

 白洲正子著の「木」(平凡社)は、様々な樹相を持つ日本の自然を、その多彩な樹木の代表的なものを取り上げて、一つ一つに自分の思いと歴史や文化にまつわるエピソードを交えて紹介する白洲さんならではの繊細なエッセイです。

 この中では、檜、柳、桐、松といった日頃馴染みのある樹木から、樫、シナノキ、栃、楠、楮(こうぞ)、朴といった山に入らないとなかなか見られない樹木まで、多彩に紹介されています。

 その中で、ぼくは、最初に紹介されている檜にまつわる話に、心をひかれました。

 木曽の中津川から西に入ったところに付知(つけち)という地域があります。ツーリングマップルの「中部北陸」取材担当のぼくは、そのあたりは、富山方面へ抜ける際によく通るところなのですが、この本を読む前から、このあたりの山の美しさに惹かれていました。 

 木曽は古くから林業が盛んな土地で、檜や杉の林が今でもよく手入れされて美林を成しています。自然そのままの森の美しさもありますが、よく手入れされた森は、それが人の営みと心の繊細さを見せるようで、どこかなじみ深い美観を持っているものです。そんな木曽の中でも、付知のあたりの檜林は、特に念入りに手入れされていて、うっとりするような森林美を見せてくれます。

birin02  「木」の中では、そんな付知の美林の秘密を教えてくれます。ここで紹介されているのは、付知の中でももっとも山奥に位置する一般の目には届かない森ですが、それは付知の森のコアになっていて、その周囲にももちろん影響を与えています。

 その付知のコアに当たる森は、「神宮備林」と呼ばれています。神宮とは、伊勢神宮のことで、この森は20年に一度、社を新しく建て替える「式年遷宮」のために、その建材として用いられる木材を供給するための森なのです。白洲さんは、その備林に足を踏み入れて「神山」の雰囲気に包まれたと形容していますが、そんな由来を知らなくても、敬意を持って育てられた静謐が支配する森には、神性がみなぎっているように感じられます。

 伊勢神宮の建築様式は、「神明造り」と呼ばれるもので、柱を堀り立て、茅葺き屋根の上に千木、樫木を置いて、切妻式となっています。この建築様式は檜の白木にとても合い、建築全体の清潔な神々しさと檜の凛とした美しさが引き立て合っています。「ブルーノ・タウトが世界中でもっとも単純でもっとも美しいと絶賛したことは有名だが、それも木曽の檜に負うところが多い」と、「木」の中では語られています。

 この夏のツーリング取材では、できればその「神宮備林」にもっとも近い場所まで行って、そのコアの場所から流れ出てくる濃い神性の息吹を感じ取ってみたいと出かけていきました。

 でも、残念ながら、その手前で長雨による道の崩落に行く手を阻まれてしまいました。 代わりに、山向こうにあたる王滝や御嶽の北側、通称「裏木曽」のほうを巡ってきました。

 この秋は、リベンジというわけでもありませんが、あらためて付知を訪ねて、付知峡のあたりから、神宮備林に迫ってみようと思っています。

 別に何かのアミューズメントやアクティビティがあるわけでもなく、また開けた景色が楽しめるわけでもありませんが、ただ森や林に、そこの空気に浸りにゆくというのも、なかなかいいものですよ。

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**伊勢神宮は20年に一度の式年遷宮で知られている。内宮の本殿はもちろん、外宮も含めて内外の摂社まですべて建て替えられる。写真は右から"内宮入り口にあたる宇治橋"、"内宮奥宮"、 "奥宮の隣に置かれたミニ社は次の遷宮の土地であることの目印"。ちなみに、遷宮にあたって解体された旧社の材は、縁の神社に回されて、そこで新たに建材として使用される。木材の生産からその再利用まで、昔からエコサイクルが考慮されていた**

神宮備林

2006年7月18日 (火)

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アウトドアを身近に感じる一冊 「アーバンアウトドアライフ」

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 いつも京王線の列車で通り過ぎるだけの明大前界隈へ今日は自転車で出かけました。

 京王線の車窓からは密集したビルと線路と並行して走る首都高4号線の高架ばかりしか目に入りませんが、 MTBのハンドルにマウントしたGPSを頼りに、わざと路地裏のような道ばかり選んで行くと、意外に緑が多いことに驚かされました。

 井の頭通り沿いにある輸入スクーター専門のショップでMTBからプジョーのモペットに乗り換えて、さらに永福界隈まで裏通りを行くと、 あちこちにこんもりとした森や林をひかえた公園や神社が目につきます。

 そんな公園の一つに乗り入れて気の置けない古くからの仕事仲間とのんびり撮影仕事をしていると、 フランス製のモペットが被写体ということもあって、ここが東京ではなくどこかヨーロッパの瀟洒な都市の一角のような気がしてくきます。

 東京も鉄道の駅の周辺や幹線道路沿いばかりに目を向けていると無機質で殺伐とした風景ばかりだが、 少し足を伸ばしてみれば意外に緑が多くて静かな場所があるものです。

 そんな都心の緑に目を向けて、そこを楽しむことを綴った名著があります。

 『アーバンアウトドアライフ』、今は亡き芦沢一洋さんの珠玉の一冊です。

 もう20年もの昔、私が登山専門誌の見習い編集者としてアウトドアの世界に足を踏み込んだとき、 その雑誌のアートディレクターを務めておられたのが芦沢一洋さんでした。

 1960年代後半に、バックパッキングというアメリカ発祥の新しいアウトドアライフのスタイルを紹介し、 それまで社会人登山や学生山岳部ばかりが目立つ泥臭い日本のアウトドアシーンに清新な風を注ぎ込んだ立役者でした。

 山岳部出身者といえば、街にあってもどこか垢抜けず、無骨さがトレードマークだったりしていた頃、芦沢さんはスタイリッシュで、 話し方やその内容、そして語り口も洗練された「ジェントル」という言葉がぴったりの人でした。

 環七通りにほど近い自宅に表紙の見本刷りを持って訪ねると、 狭いけれどとても心地よく木々が植えられた庭を広がりがあるように見えるように設計された居間に案内されて、冷たい飲み物をいただきました。

 そこが大気汚染では一二を争う幹線道路の間近であることを完全に忘れさせてしまう静けさと木漏れ日に、デリカシーとは程遠い典型的な 「山ヤ」だったぼくもなんともいえない安らぎを感じたものでした。

 その自宅も「アーバンアウトドアライフ」の中で紹介されています。

 また、他の出版社の仕事も忙しくこなされていた芦沢さんには、よく外でも原稿を届けたり引き取りに伺いました。

 よく指定されて行ったのが、新宿の京王プラザホテルのラウンジ「樹林」。 ここも広いガラス窓の向こうにまばらだけれど涼しげな樹林がある都会のオアシスのようなところで、もちろん本の中でも紹介されています。

 アメリカンアウトドアの世界とその精神を日本に初めて紹介された芦沢さんは、 ダイナミックな自然の中で遊んで学ぶことにかけては大ベテランでした。さらに身近な都会の中でも自然のテイストを感じ取って、 大自然の中にいるように過ごす名人でした。

 「アルプスやら、ヒマラヤやら、ヨセミテやらに行かなければ自然を感じられないというのは、貧しい精神だよ。 身近なところにある自然を探して、感じ取って、それもヒマラヤの奥地にいるときと同じように楽しめてこそ、 ほんとのアウトドアマンじゃないか」

 都会の真ん中のとてものんびりした公園でカラスの鳴き声を聞いていると、そんな今は亡き大先輩の言葉がふいに蘇ってきました。

2006年7月12日 (水)

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7月20日スタート!!

各分野のエキスパートが体験し、案内する「MappleBlog」 7月20日スタート!!

現場からのLIVEレポート、詳細旅行記、雑学、インプレッション……etc. 

多彩でタイムリーな話題をお届けします!!