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« 沖縄御嶽探訪記 その5 --久高島・クボー御嶽-- | メイン | 鏡池から戸隠連峰 »

2006年12月20日 (水)

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沖縄御嶽探訪記 その6 --アマツヅ御嶽・藪薩御嶽--

 これまで5回にわたって沖縄の自然信仰を象徴する御嶽巡りを紹介してきました。 アウトドアブログにどうして宗教的なことを紹介するのかという疑問を持たれた方も多いかとも思いますが、ぼくは、 アウトドアアクティビティも自然と対峙する中で、自然に対する畏怖を根底に抱いてこそ、 ほんとうの意味でアウトドアを堪能できると思っています。

 「自然を大切に」とか「サステイナビリティ」、「エコロジー」といった言葉が安易に飛び交う世の中ですが、 自然から疎外されている現代人にとっては、単なるトレンドな言葉であって、そこにはなかなか実感が伴っていないような気がします。

 古の人たちは、自然のリズムに自分たちが合わせて暮らし、自らを生かしてくれる自然を崇め、大切にして生きてきました。 その世界では「自然を大切に」といったお題目は、あまりにもあたりまえすぎることで、浮かんでもこなかったでしょう。

amatsuzu
**冬至間近の太陽がスーフカの中に落ちる。アマツヅ御嶽**

 今回、沖縄創生にまつわる7つの御嶽を巡り、最後に南城市玉城にあるアマツヅ御嶽を訪れた際に、とても印象的な光景に出会いました。

 小高い丘に築かれた城(グスク)全体が御嶽となっているアマツヅ御嶽へと石段を登っていくと、一の郭の門(スーフカ)が現れます。 下から見上げた岩をくりぬいたスーフカのその向こうに、日没寸前の太陽が輝いていました。

 このスーフカは、こちら側から見ると、冬至の太陽が沈む向きになっていて、 城内から見ると夏至の太陽が昇る方向に合わせて設計されているのです。

 冬至は、太陽の力がいちばん弱まるとき。世界各地で行われる冬至祭は、死にゆく太陽の再生を願って行われたものでした。 また夏至祭は、ピークを迎えた太陽の力をもらい、無病息災と繁栄を願って祝われたものでした。ちなみに、 クリスマスはキリストの誕生日を祝うものとされていますが、実際には古代の冬至祭の名残りだという説もあります。

 このアマツヅ御嶽から見ると、久高島がちょうど夏至の太陽が昇る方向に当たっています。自分たちに恵みを与えてくれる自然と、 その自然を育む太陽、それら全てを崇め、恵みを感謝する。それが理屈ではなく、素朴な信仰として、生活の中にあたりまえにとけ込んでいます。

yabusatsu
**藪薩御嶽から久高島を遠望。創生神アマミキヨが降り立った島をいつも意識し、 自分たちのルーツを敬うことで、子孫へも文化や自然を大切に残していこうという意識が高まる**

 御嶽巡りを終えて宿に戻った晩は、ちょうど満月でした。その晩は、 御嶽ではノロやユタたちが満月を臨んで祈りを捧げているのだそうです。女性は、月の満ち引きに合わせた体のリズムを持っています。 それを月を崇めることでさらに実感し、感謝する。女神の島ならではの風習だなと、あらためて感じ入りました。

 沖縄の御嶽は、変に様式化されることなく、古代の人たちが自然を崇めたそのままの姿で残されています。そして、今でもここを訪れて、 自然の恵みに感謝する沖縄の人たちがたくさんいます。

 アウトドアアクティビティの対象として、大自然に立ち向かうのも楽しいものですが、 こうして身近な自然の中で穏やかで感謝の気持ちを捧げるのも大切なことだと実感した数日間でした。

utaki02
**沖縄南部の御嶽は、すべて、久高島を意識した配置になっている。首里森御嶽からは久高島は望めないが、 首里城正殿と首里森御嶽を結ぶラインは久高島を向いている**

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