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2008年4月17日 (木)

記事タイトル

ツリーイング体験会

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 先週末、埼玉県桶川市の城山公園でツリーイングの体験イベントが開催された。これはツリーマスタークライミングアカデミー(TMCA)が主催する初心者対象の体験会で、 最近、様々なメディアで紹介されて、人気を集めている。

 かくいうぼくも、昨年の春に初体験して、その後、講習会に参加。ギアも買い揃えて、今はインストラクター修行に励んでいる。 今回のイベントでは、インストラクター修行のための研修として、サポート役にまわった。

 当日は生憎の小雨で、冬に逆戻りしたような陽気だったが、午前の部と午後の部を合わせて、20人あまりの参加者が集まった。

 当日の朝早く、スタッフが現地に集合して、ギアの準備やら、ロープのセッティングを行う。

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 まったく初めての人たちに登ってもらうわけだから、自分が登るときよりも、安全性などにはいっそう気を使う。

 今回は、下は6歳から上は60歳まで、年齢性別も多彩な参加者が集合。ロープを使って木登りをするツリーイングのいいところは、 誰でも、取り付いたその瞬間からスルスルと登れ、体力によるハンデなどがないところ。それでいながら、 普段は登ることのない高さに達するのだから、新鮮な驚きが体験できる。

 ぼくも初めてツリーイングを体験したときは、何の変哲もない公園の木に登って、 見慣れた景色がまったく違ったものに映って感動したが、今回の参加者も、みな、その視点の違いに感動したようだった。

 この城山公園は桜の名所だが、すでにあらかた散ってしまって、桜の花見を上からするといった風雅はできなかったが、 それでもまだ散り残った桜の木を遠望すると、寒いながらも、春の雰囲気が感じられた。

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 今回は雨のために、 樹上にツリーモックを張ってティータイムやバードウォッチングを楽しむといったことはできなかったのが残念だったが、 今回樹上体験したみんなは、また晴れた日にも登ってみたいと、目を輝かせていた。

 今度の週末は、ツーリングマップルマガジンの取材で、また軽井沢でツリーイングを楽しむ予定。これからは、 クルマやバイクで移動する際は、ツリーイングギアを持ち歩いて、様々な場所でツリーイングを楽しんでみたいと思っている。

 

2008年4月 7日 (月)

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ヒアシンスハウス

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 24歳8ヶ月という若さで、この世を去った立原道造。

 詩人として、その名は知っていたけれど、建築家としても将来を嘱望されていた人だとは知らなかった。じつは、東大の建築学科を出て、 建築家としての仕事をしていたということだから、詩人のほうが「余業」だったともいえる。

 そんな立原道造が23歳のときに、自分が一人で住んで、仕事をするために設計したのが、さいたま市にある見沼池のほとりに建つ 「ヒアシンスハウス」だ。

 これは、彼が書いた設計図を元に、2003年に、見沼池の畔に建てられたもの。建坪5坪と、家というよりは小屋といった大きさだが、 中はとても機能的で、一人で暮らすには、必要十分な広さだ。

 来年かもしくは再来年には、東京を離れて、田舎暮らしをはじめようと思っているのだが、当初は、 これくらいの住処から始めてみるのもいいかとも思う。あるいは、母屋とは別に書斎や仕事場として、 ゲストハウスとしてこんな家があったら良さそうだと思う。

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ヒアシンスハウスオフィシャルページ

2008年4月 5日 (土)

記事タイトル

菜の花と桜

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 先月末から、「ツーリングマップルマガジン」の創刊に携わったり、そのプロモーションのモーターサイクルショーに参加したりで、 なかなかフィールドに出る機会が作れずにいる。

 最近は、昭文社に詰めて作業することが多いが、目の前の運河に並ぶ桜並木は、いつのまにか満開を過ぎて、 窓の外では桜吹雪となっている。

 これではいかんと、半日も時間がないのに、伊豆までトンボ帰りしてきた。

 写真は、湯河原の近くの菜の花畑。ちょうど満開の桜と菜の花が、春らしいコントラストを見せている。

 東京の桜は、すでに散り始めているが、仕事の手が空いたら、東北へと桜前線を追いかけてみようと思っている。

 これから、桜前線を追いかけようという人は、まっぷるnetの「お花見特集」を御参考に。

2008年2月 2日 (土)

記事タイトル

やっぱり富士山!!

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 昨日は、河口湖のほうから富士スカイラインを通って朝霧まで、ぐるっと富士山を中心に一周した。

 この季節、真っ青な空に雪化粧した富士山は、まさに、「日本の風景の象徴」といえる。

 山中湖が半分結氷していた。たぶん、昔は、全面結氷していたのだろう。

2008年1月 7日 (月)

記事タイトル

東国三社巡り その3 息栖神社とまとめ

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 東国三社のうちでも、他の二社に比べて地味な存在なのが、息栖神社だ。鹿島と香取に祭られる二神が、 武神でありその神剣であるのに対して、息栖神社は、武神の乗り物であった「天鳥舟」という地味な存在の神が祭られているせいかもしれない。

 しかし、個人的には、鹿島と香取の両神宮が、豪壮ともいえる派手で大掛かりな作りなのに対して、息栖神社は、いかにも「鎮守様」 といった風情のこじんまりとして、地元に根付いた雰囲気に好感が持てる。

 鹿島、香取両神宮は、ともに要石と呼ばれる、古代の巨石信仰を今に伝えるご神体が崇められているが、この息栖神社では、 井戸がご神体とされている。

 神社が向くその先には、利根川の支流の辺に立てられた大きな鳥居があり、その支柱の両側に、小さな鳥居が立てられている。 その鳥居の下に、泉が湧いている。

 利根川河口に近いこのあたりは、海水と淡水が交じり合う汽水域となっているが、この井戸は、 その汽水の中に湧き出す非常に珍しいもので、 「忍潮井(忍塩井)=おしおい」 と呼ばれ、伊勢の明星井、伏見の直井とともに日本三霊水に数えられている。

 左右の泉は、 それぞれに女瓶、男瓶と呼ばれる瓶が据えられていて、その中から湧き出しているという。男瓶は銚子の形をしていて、 女瓶は土器の形をしている。

 その瓶は、 とびきり天気のいい水の澄んだ日にしか姿を現さず、その姿が見られると幸運が舞い込んでくるといわれている。訪ねた日は、 身を切るような北風が湖水を海のように波立たせていたが、空は晴れ渡り、泉は澄んで、はっきりと、その瓶を確認することができた。

 2008年は、 きっといいことが待ち受けているのだろう(笑)

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**利根川の支流に面した霊泉「忍潮井」。この日は、幸運にも、 泉の中に据えられた瓶を目撃することが出来た**

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**境内には、祭礼の際に若者たちが力比べをしたと伝えられる「力石」がある。これも、 古代の巨石信仰の名残だろうか? 樹齢1000年を越えるといわれる夫婦杉。こうした貴重な巨木が残されているのも、 日本人の魂の奥底に自然信仰がいまだに息づいていることの一つの証明だろう**

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**水郷地帯に点在する東国三社をめぐり終え、香取神宮の一の鳥居まで戻ると、見事な満月が登った。この鳥居は、鹿島神宮を向き、 12年に一度の神迎祭の際に、鹿島から神を載せた使者が湖を渡ってやってきて、ここから上陸する**

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名称未設定
**東国三社の位置関係**

kashima
**鹿島神宮に見られる不思議な配置**

■レイラインハンティング■
鹿島トライアングル ―東国三社と巨石信仰の謎―

記事タイトル

東国三社巡り その3 息栖神社とまとめ

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 東国三社のうちでも、他の二社に比べて地味な存在なのが、息栖神社だ。鹿島と香取に祭られる二神が、 武神でありその神剣であるのに対して、息栖神社は、武神の乗り物であった「天鳥舟」という地味な存在の神が祭られているせいかもしれない。

 しかし、個人的には、鹿島と香取の両神宮が、豪壮ともいえる派手で大掛かりな作りなのに対して、息栖神社は、いかにも「鎮守様」 といった風情のこじんまりとして、地元に根付いた雰囲気に好感が持てる。

 鹿島、香取両神宮は、ともに要石と呼ばれる、古代の巨石信仰を今に伝えるご神体が崇められているが、この息栖神社では、 井戸がご神体とされている。

 神社が向くその先には、利根川の支流の辺に立てられた大きな鳥居があり、その支柱の両側に、小さな鳥居が立てられている。 その鳥居の下に、泉が湧いている。

 利根川河口に近いこのあたりは、海水と淡水が交じり合う汽水域となっているが、この井戸は、 その汽水の中に湧き出す非常に珍しいもので、 「忍潮井(忍塩井)=おしおい」 と呼ばれ、伊勢の明星井、伏見の直井とともに日本三霊水に数えられている。

 左右の泉は、 それぞれに女瓶、男瓶と呼ばれる瓶が据えられていて、その中から湧き出しているという。男瓶は銚子の形をしていて、 女瓶は土器の形をしている。

 その瓶は、 とびきり天気のいい水の澄んだ日にしか姿を現さず、その姿が見られると幸運が舞い込んでくるといわれている。訪ねた日は、 身を切るような北風が湖水を海のように波立たせていたが、空は晴れ渡り、泉は澄んで、はっきりと、その瓶を確認することができた。

 2008年は、 きっといいことが待ち受けているのだろう(笑)

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**利根川の支流に面した霊泉「忍潮井」。この日は、幸運にも、 泉の中に据えられた瓶を目撃することが出来た**

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**境内には、祭礼の際に若者たちが力比べをしたと伝えられる「力石」がある。これも、 古代の巨石信仰の名残だろうか? 樹齢1000年を越えるといわれる夫婦杉。こうした貴重な巨木が残されているのも、 日本人の魂の奥底に自然信仰がいまだに息づいていることの一つの証明だろう**

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**水郷地帯に点在する東国三社をめぐり終え、香取神宮の一の鳥居まで戻ると、見事な満月が登った。この鳥居は、鹿島神宮を向き、 12年に一度の神迎祭の際に、鹿島から神を載せた使者が湖を渡ってやってきて、ここから上陸する**

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名称未設定
**東国三社の位置関係**

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**鹿島神宮に見られる不思議な配置**

■レイラインハンティング■
鹿島トライアングル ―東国三社と巨石信仰の謎―

2008年1月 5日 (土)

記事タイトル

東国三社巡り その2 香取神宮

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 剣道や柔道の道場には神棚があって、「鹿島大明神」、「香取大明神」などと墨書された軸が掛けられていることが多い。それは、 先に紹介した「国譲り神話」で、オオクニヌシの次男であるタテミナカタを打ち破って、 天津神の地上支配の礎を築いた鹿島神宮の祭神であるタケミカヅチと、それが手にした刀の神である香取神宮のフツヌシにあやかったものだ。 ちなみに、三社のもう一つ息栖神社は二神が乗った舟の神アメノトリフネ(天鳥舟)として知られる。

 じつは、このように、記紀神話に基づいた神を祭り、しかも記紀神話に語られる物語を大地に配置した神社というのは数多い。

 神社単体として見たら、「古くさい信仰」のような気がするが、ぼくがレイラインハンティングで実践しているGPSを使った神社巡りをすると、 古代の人たちが恐ろしく正確に神社や遺跡を配置して、太陽や星の運行を観測したり、 聖地どうしを有機的に結びつけていたことがわかって面白い。

 本当は、今回は自転車にGPSを装備して三社を回るつもりだったのが、準備不足ためにかなわなかった。もう少し暖かくなったら、 三社とともに、三社が位置する風光明媚な水郷地帯をサイクリングして巡ってみたいと思っている。

 さて、今回は、東国三社も二つめ、香取神宮を紹介してみよう。

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**千葉県の佐原市にある香取神宮。ここも広大な鎮守の森に囲まれている。 佐原は日本で初めて正確な地図を作った伊能忠敬の生地でもあり、街の中心部に記念館がある**

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**取材したときは、もう年の瀬だというのに紅葉の絨毯で、晩秋の趣。冬至の日差しも春のような温もり。 しかし、これは、麗らかに感じることはできない。自然のバランスが狂ってきていることの証だからだ**

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**境内には、年末らしく、大祓のための茅の輪が据えられていた。国津神=出雲系の神社は茅の輪を潜ったら、 まず右方向に回って八の字を書くが、天津神=伊勢系の神社では左回りから始める。香取神宮は天津神なので左周り。 このあたりにも、日本神話の面影が残っていて面白い**

 

2008年1月 3日 (木)

記事タイトル

東国三社巡り その1 鹿島神宮

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 未だに2007年の元旦の記憶が鮮明に残っているというのに、気がつけば2008年が明けてしまった。……まったく、毎年毎年、 時間の流れがどんどん加速していくように感じてしまうのは、やはり歳を取ったということだろうか。

 それはともかく、明けましておめでとうございます!!

 年が明けて、さっそく初詣を済ませた人も多いとは思うが、今回は、『東国三社』 と呼ばれる千葉県と茨城県に点在する三つの神社を紹介してみたいと思う。初詣がまだという方は、ぜひ、候補に!!

 さて、本題に入る前に、まず一言。アウトドアのblogで神社を取り上げるというのも、おかしなことに思えるかもしれないが、 ぼくは、昔から、アウトドアのフィールドとしての神社の森と、そこに古来から伝わる自然信仰は、日本人の感性のコアにある「自然と共生する」 という感覚を端的に示すもので、まさに「日本的アウトドア」の原点ではないかと思っている。

 神聖であり不可侵である神社の森には、人を癒し、元気を取り戻させてくれる精気が満ちている。そして、 太陽の運行に沿った折節の祭りは、人が自然のリズムの中で生きていくことこそ、健康で幸せな生き方であることを思い出させてくれる。

 そんなわけで、ぼくは、日本的アウトドアの代表的なフィールドの一つとして神社を位置づけているのだ。

 さて、東国三社だが、これは記紀神話の中で語られる「国譲り神話」にちなんだものだ。

 太古、神々は、天に住む『天津神』の一族と、地に住む『国津神』の一族に別れていた(もっとも、神道では、 それを峻別しているわけではなく、間を繋ぐ神々や、どちらにも属さない神々もあるとしているのだが)。

 天を統べるアマテラスは、国津神の支配する地上をも統一しようと、その頂点にいたオオクニヌシの元に、「国を譲れ」 と迫る使者を送る。その使者が、タケミカヅチ、フツヌシ、アメノトリフネの三神だった。この三神を祀っているのが東国三社だ。

 タケミカヅチを祀る鹿島神宮、フツヌシを祀る香取神宮、そしてアメノトリフネを祀る息栖神社が、東国三社と呼ばれて、 東関東の一角に大きな二等辺三角形を描くように配置されている。

 この天からの使者である三神を迎えたオオクニヌシは、国譲りを了承する。しかし、 それに反対する次男のタテミナカタがこれに抵抗して戦いとなる。

 武神の頂点にあった鹿島神宮の祭神であるタケミカヅチとタテミナカタは壮絶な戦いを繰り広げた後、タテミナカタは敗走して、 今の諏訪地方にたどり着く。そこまで追撃したタケミカヅチは、タテミナカタが諏訪の地に永遠に留まるのなら許しを与えると約束する。

 そして、天と地は統一され、アマテラスがその頂点に立った。

 鹿島神宮は、堂々とした鳥居と山門を構え、それが不思議なことに西を向いている。ほとんどの神社は、 鳥居と本殿の向きは南を向いている。ごくまれに参道が東を向く神社もあるが、西を向いているというのは、鹿島神宮以外にほとんど例がない。

 じつは、この鹿島神宮の鳥居が向いている遙か先にはタテミナカタを祀る諏訪大社がある。鹿島神宮は、今でも、諏訪大社を睨み据えて、 牽制しているというわけだ。

 それ以外にも、鹿島神宮にまつわる面白い逸話はたくさんあるのだが、 それは神話学の話やレイラインと呼ばれる古代の工学の話になってしまうので、ここでは触れずにおこう(詳しく知りたい方は、レイラインハンティングへ)。

DSC_0068 DSC_0070
**西を向く鹿島神宮の参道。この先には諏訪大社がある**

DSC_0072
**本殿は北を向いている。これも他に例を見ない配置で、鹿島神宮が朝廷の東国支配の拠点であり、 ここより北に住む「エゾ」をにらみ据えていたことを物語る**

DSC_0074
**鹿島神宮に伝わる七不思議**

DSC_0086 
**奈良の春日大社は、鹿島神宮を勧請したもので、神の使いとされる鹿は、ここから連れて行かれた。 奈良公園の鹿は、元々、ここの鹿の地殻引いている**

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DSC_0091 DSC_0087
**2000年以上守られてきた広大な鎮守の森は、精気に溢れ、 心身とも癒してくれる**

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DSC_0099 DSC_0103
**鹿島七不思議の一つ「要石」は、この土地の地下に棲む大ナマズの頭を押さえていると伝えられている。 水戸黄門は、この石を掘り起こそうとたくさんの人足を使ったが、七日七晩かけても、ついに掘り起こせなかったという。 巨石信仰という一つの原始自然信仰の名残りを伝えるものでもある**

 DSC_0107
**鹿島神宮の本来の参道は北から始まっていた。その起点にある御手洗池。ここも鹿島七不思議の一つで、 大人が入っても子供が入っても、その深さは乳の高さで一定していると伝えられる**

DSC_0118 DSC_0105 DSC_0113 DSC_0116
DSC_0111 
**散策の仕上げは、御手洗池の畔にある茶屋で、名物の甘酒と団子を**

その2へ続く

記事タイトル

東国三社巡り その1 鹿島神宮

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 未だに2007年の元旦の記憶が鮮明に残っているというのに、気がつけば2008年が明けてしまった。……まったく、毎年毎年、 時間の流れがどんどん加速していくように感じてしまうのは、やはり歳を取ったということだろうか。

 それはともかく、明けましておめでとうございます!!

 年が明けて、さっそく初詣を済ませた人も多いとは思うが、今回は、『東国三社』 と呼ばれる千葉県と茨城県に点在する三つの神社を紹介してみたいと思う。初詣がまだという方は、ぜひ、候補に!!

 さて、本題に入る前に、まず一言。アウトドアのblogで神社を取り上げるというのも、おかしなことに思えるかもしれないが、 ぼくは、昔から、アウトドアのフィールドとしての神社の森と、そこに古来から伝わる自然信仰は、日本人の感性のコアにある「自然と共生する」 という感覚を端的に示すもので、まさに「日本的アウトドア」の原点ではないかと思っている。

 神聖であり不可侵である神社の森には、人を癒し、元気を取り戻させてくれる精気が満ちている。そして、 太陽の運行に沿った折節の祭りは、人が自然のリズムの中で生きていくことこそ、健康で幸せな生き方であることを思い出させてくれる。

 そんなわけで、ぼくは、日本的アウトドアの代表的なフィールドの一つとして神社を位置づけているのだ。

 さて、東国三社だが、これは記紀神話の中で語られる「国譲り神話」にちなんだものだ。

 太古、神々は、天に住む『天津神』の一族と、地に住む『国津神』の一族に別れていた(もっとも、神道では、 それを峻別しているわけではなく、間を繋ぐ神々や、どちらにも属さない神々もあるとしているのだが)。

 天を統べるアマテラスは、国津神の支配する地上をも統一しようと、その頂点にいたオオクニヌシの元に、「国を譲れ」 と迫る使者を送る。その使者が、タケミカヅチ、フツヌシ、アメノトリフネの三神だった。この三神を祀っているのが東国三社だ。

 タケミカヅチを祀る鹿島神宮、フツヌシを祀る香取神宮、そしてアメノトリフネを祀る息栖神社が、東国三社と呼ばれて、 東関東の一角に大きな二等辺三角形を描くように配置されている。

 この天からの使者である三神を迎えたオオクニヌシは、国譲りを了承する。しかし、 それに反対する次男のタテミナカタがこれに抵抗して戦いとなる。

 武神の頂点にあった鹿島神宮の祭神であるタケミカヅチとタテミナカタは壮絶な戦いを繰り広げた後、タテミナカタは敗走して、 今の諏訪地方にたどり着く。そこまで追撃したタケミカヅチは、タテミナカタが諏訪の地に永遠に留まるのなら許しを与えると約束する。

 そして、天と地は統一され、アマテラスがその頂点に立った。

 鹿島神宮は、堂々とした鳥居と山門を構え、それが不思議なことに西を向いている。ほとんどの神社は、 鳥居と本殿の向きは南を向いている。ごくまれに参道が東を向く神社もあるが、西を向いているというのは、鹿島神宮以外にほとんど例がない。

 じつは、この鹿島神宮の鳥居が向いている遙か先にはタテミナカタを祀る諏訪大社がある。鹿島神宮は、今でも、諏訪大社を睨み据えて、 牽制しているというわけだ。

 それ以外にも、鹿島神宮にまつわる面白い逸話はたくさんあるのだが、 それは神話学の話やレイラインと呼ばれる古代の工学の話になってしまうので、ここでは触れずにおこう(詳しく知りたい方は、レイラインハンティングへ)。

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**西を向く鹿島神宮の参道。この先には諏訪大社がある**

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**本殿は北を向いている。これも他に例を見ない配置で、鹿島神宮が朝廷の東国支配の拠点であり、 ここより北に住む「エゾ」をにらみ据えていたことを物語る**

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**鹿島神宮に伝わる七不思議**

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**奈良の春日大社は、鹿島神宮を勧請したもので、神の使いとされる鹿は、ここから連れて行かれた。 奈良公園の鹿は、元々、ここの鹿の地殻引いている**

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**2000年以上守られてきた広大な鎮守の森は、精気に溢れ、 心身とも癒してくれる**

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**鹿島七不思議の一つ「要石」は、この土地の地下に棲む大ナマズの頭を押さえていると伝えられている。 水戸黄門は、この石を掘り起こそうとたくさんの人足を使ったが、七日七晩かけても、ついに掘り起こせなかったという。 巨石信仰という一つの原始自然信仰の名残りを伝えるものでもある**

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**鹿島神宮の本来の参道は北から始まっていた。その起点にある御手洗池。ここも鹿島七不思議の一つで、 大人が入っても子供が入っても、その深さは乳の高さで一定していると伝えられる**

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**散策の仕上げは、御手洗池の畔にある茶屋で、名物の甘酒と団子を**

その2へ続く

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東国三社巡り その1 鹿島神宮

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 未だに2007年の元旦の記憶が鮮明に残っているというのに、気がつけば2008年が明けてしまった。……まったく、毎年毎年、 時間の流れがどんどん加速していくように感じてしまうのは、やはり歳を取ったということだろうか。

 それはともかく、明けましておめでとうございます!!

 年が明けて、さっそく初詣を済ませた人も多いとは思うが、今回は、『東国三社』 と呼ばれる千葉県と茨城県に点在する三つの神社を紹介してみたいと思う。初詣がまだという方は、ぜひ、候補に!!

 さて、本題に入る前に、まず一言。アウトドアのblogで神社を取り上げるというのも、おかしなことに思えるかもしれないが、 ぼくは、昔から、アウトドアのフィールドとしての神社の森と、そこに古来から伝わる自然信仰は、日本人の感性のコアにある「自然と共生する」 という感覚を端的に示すもので、まさに「日本的アウトドア」の原点ではないかと思っている。

 神聖であり不可侵である神社の森には、人を癒し、元気を取り戻させてくれる精気が満ちている。そして、 太陽の運行に沿った折節の祭りは、人が自然のリズムの中で生きていくことこそ、健康で幸せな生き方であることを思い出させてくれる。

 そんなわけで、ぼくは、日本的アウトドアの代表的なフィールドの一つとして神社を位置づけているのだ。

 さて、東国三社だが、これは記紀神話の中で語られる「国譲り神話」にちなんだものだ。

 太古、神々は、天に住む『天津神』の一族と、地に住む『国津神』の一族に別れていた(もっとも、神道では、 それを峻別しているわけではなく、間を繋ぐ神々や、どちらにも属さない神々もあるとしているのだが)。

 天を統べるアマテラスは、国津神の支配する地上をも統一しようと、その頂点にいたオオクニヌシの元に、「国を譲れ」 と迫る使者を送る。その使者が、タケミカヅチ、フツヌシ、アメノトリフネの三神だった。この三神を祀っているのが東国三社だ。

 タケミカヅチを祀る鹿島神宮、フツヌシを祀る香取神宮、そしてアメノトリフネを祀る息栖神社が、東国三社と呼ばれて、 東関東の一角に大きな二等辺三角形を描くように配置されている。

 この天からの使者である三神を迎えたオオクニヌシは、国譲りを了承する。しかし、 それに反対する次男のタテミナカタがこれに抵抗して戦いとなる。

 武神の頂点にあった鹿島神宮の祭神であるタケミカヅチとタテミナカタは壮絶な戦いを繰り広げた後、タテミナカタは敗走して、 今の諏訪地方にたどり着く。そこまで追撃したタケミカヅチは、タテミナカタが諏訪の地に永遠に留まるのなら許しを与えると約束する。

 そして、天と地は統一され、アマテラスがその頂点に立った。

 鹿島神宮は、堂々とした鳥居と山門を構え、それが不思議なことに西を向いている。ほとんどの神社は、 鳥居と本殿の向きは南を向いている。ごくまれに参道が東を向く神社もあるが、西を向いているというのは、鹿島神宮以外にほとんど例がない。

 じつは、この鹿島神宮の鳥居が向いている遙か先にはタテミナカタを祀る諏訪大社がある。鹿島神宮は、今でも、諏訪大社を睨み据えて、 牽制しているというわけだ。

 それ以外にも、鹿島神宮にまつわる面白い逸話はたくさんあるのだが、 それは神話学の話やレイラインと呼ばれる古代の工学の話になってしまうので、ここでは触れずにおこう(詳しく知りたい方は、レイラインハンティングへ)。

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**西を向く鹿島神宮の参道。この先には諏訪大社がある**

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**本殿は北を向いている。これも他に例を見ない配置で、鹿島神宮が朝廷の東国支配の拠点であり、 ここより北に住む「エゾ」をにらみ据えていたことを物語る**

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**鹿島神宮に伝わる七不思議**

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**奈良の春日大社は、鹿島神宮を勧請したもので、神の使いとされる鹿は、ここから連れて行かれた。 奈良公園の鹿は、元々、ここの鹿の地殻引いている**

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**2000年以上守られてきた広大な鎮守の森は、精気に溢れ、 心身とも癒してくれる**

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**鹿島七不思議の一つ「要石」は、この土地の地下に棲む大ナマズの頭を押さえていると伝えられている。 水戸黄門は、この石を掘り起こそうとたくさんの人足を使ったが、七日七晩かけても、ついに掘り起こせなかったという。 巨石信仰という一つの原始自然信仰の名残りを伝えるものでもある**

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**鹿島神宮の本来の参道は北から始まっていた。その起点にある御手洗池。ここも鹿島七不思議の一つで、 大人が入っても子供が入っても、その深さは乳の高さで一定していると伝えられる**

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**散策の仕上げは、御手洗池の畔にある茶屋で、名物の甘酒と団子を**

その2へ続く

2007年12月16日 (日)

記事タイトル

地上25m

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 昨日の続きで、ツリーイング講習会。

 SRT(シングル・ロープ・テクニック)では、地上10階建て以上の高さにまで登る。安全確保は至上命題。

 さすがに、今回の講習会は、アウトドアガイド、林業関係者、学校の先生など、この技術を身につけて、仕事に生かそうという人ばかり。

 しかし、セコイアの木のてっぺん近くは、気持ちよかった!!

 今回の講習の模様は、あらためてお伝えします。とりあえず、速報。

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2007年12月15日 (土)

記事タイトル

木登り中!!

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 本日は、朝から木登り中。

 以前受講したツリーイング講習会の続きで、SRT(シングル・ロープ・テクニック)を習得中。

 今日と明日の講習で、検定をパスすると、次はインストラクターライセンスに挑戦の予定。里は、ちょうど紅葉で、気持ちいい。

2007年12月14日 (金)

記事タイトル

双子座流星群

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**夜の群馬天文台へのアプローチは、ライトアップされていて、 これだけでかなり満足**

 今夜は、双子座流星群を目当てに、ぐんま天文台を訪れた。

 子持山の隣のピークに立つ天文台の芝生広場に大きな防水シートが広げられて、そこに集まった人たちが寝っ転がって、空を見上げる。

 生憎、上越国境の山から飛んでくる雲のせいで、数多くは見られなかったが、それでも1時間あまりで10個は流れた。

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 その後、雲が少ない場所に移動して眺めていると、青く輝き、尾も太いとびきり明るい流星が一つと、 夜空にひっかき傷を残すような流星がやはり10個あまり。

 たまには、こうして宇宙を感じて、のんびりするのもいい。

 

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双子座流星群

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**夜の群馬天文台へのアプローチは、ライトアップされていて、 これだけでかなり満足**

 今夜は、双子座流星群を目当てに、ぐんま天文台を訪れた。

 子持山の隣のピークに立つ天文台の芝生広場に大きな防水シートが広げられて、そこに集まった人たちが寝っ転がって、空を見上げる。

 生憎、上越国境の山から飛んでくる雲のせいで、数多くは見られなかったが、それでも1時間あまりで10個は流れた。

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 その後、雲が少ない場所に移動して眺めていると、青く輝き、尾も太いとびきり明るい流星が一つと、 夜空にひっかき傷を残すような流星がやはり10個あまり。

 たまには、こうして宇宙を感じて、のんびりするのもいい。

 

2007年12月11日 (火)

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ツーリングキャンプ

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 先週末は、久しぶりにバイクツーリングでキャンプしてきた。

 一人、気ままに湖畔でキャンプ。今回は、アクティビティを楽しむのではなく、ただぼんやりと、一人の夜を楽しんだだけ。

 こんなキャンプもたまにはいい。

 ちなみに、場所は精進湖の畔。

2007年12月 7日 (金)

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秋色深く

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 今日は穏やかな一日だった。

 この陽気に誘われて、北浦湖畔を散歩。師走の喧騒もしばし忘れる。

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2007年11月28日 (水)

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葉山シーカヤッキング その2

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 シーカヤックで海に漕ぎ出して、いつも新鮮に感じるのは、馴染みのある陸上風景が海から見るとまったく違った場所に見えることだ。

 鄙びた日本の漁村も、どこか南仏あたりのリゾートに見えたり、南海の島にいるように思える。とくに、 ドライブやツーリングでよく訪れる伊豆や、今回の三浦半島などでは、陸上のイメージがごったがえす観光客やら渋滞する道なので、 このギャップがことさら大きい。

 そして、いつもは海の綺麗さなど気にかけないのに、澄んだ水と魚影の多さ、磯の生物の多様さなどに驚かされる。

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 単にボートを漕いで気晴らしするのではなく、大自然の中に身を置いて、 その息吹を全身で味わえるのがシーカヤックというアクティビティの素晴らしいところでもある。

 ぼくたちは、まるで天に祝福されているかのような小春日和で凪いだ海をのんびりと漕ぎ進んでいく。

 葉山御用邸横の海水浴場を出発して、まずは西に向かう。

 この日は釣り船に、ヨット、ぼくたちと同じシーカヤックも多く、やや気を使いながら進んでいく。それでも、 陸上の混み具合とはまったく違い、それぞれの「領分」が十分に確保できているので安心だ。こんなところも、広い「海」 というフィールドのいいところ。マリンスポーツを楽しむ人は、大らかな人が多いが、 それはこうした茫洋とした環境にいつもいるからかもしれない。

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 小さな岬の突端に差し掛かると、浅瀬で波が立っている。先導する木下氏は、岩と岩との間の波が高いところをわざと越えていく。 こちらも、それに続いて、波に正対するように方向を定めて、岩の間を抜けていく。

 べつにたいした大きさの波ではないが、全長5mのタンデム艇がいとも簡単に持ち上げられてしまうその力に、自然の威力が垣間見える。 これが少しでもうねりが入ったりすると、「なかなかスリリング」などと軽口など叩いていられなくなってくる。

 小一時間漕いで、岬を越えた先の森戸海岸に上がり、トイレ休憩。そして、すぐに艇に乗って、 江ノ島のほうを向いた赤い鳥居が印象的な沖の菜島に上陸した。ここでランチタイム。

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 木下氏たちがランチの準備をしている間、Oさんとぼくは水が引いてできたあちこちの磯だまりを覗いて歩いた。どこも 「ヤドカリの楽園」といえるほど、ゴソゴソと彼らが動いている。ぼくたちが近づいて行くと、はじめのうちはどいつも必死で「貝」 を装っているのだが、一匹がついに我慢できなくなって逃げ出すと、それがパニックを呼び起こして、 一気にすべてのヤドカリがコケつまろびつしながら逃げていく。中には、ひっくり返しになって身動き取れなくなり、また慌てて「貝」 のふりに戻るやつもいて、笑わせてくれる。

 他にも小魚や透明の海老の幼生など、よく見ると、小さな磯に命が溢れかえっている。

 今日のメニューはハムとキノコのパスタ。アルマイトの大なべ一杯のボリュームを四人でいとも簡単に平らげてしまった。最後に、 「もったいない、もったいない」と言い訳のような独り言を呟きつつ、なべがピカピカになるまで平らげたのは、 見かけによらない大食漢のOさんだった。 

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 ゆっくりとランチを楽しんだ後は、再び海へ。

 菜島に上陸するときは潮が引いていたので楽に上陸できたが、1時間ほどの間にだいぶ満ちてきて、上艇するのに、 半身を海に浸かった木下氏と楠氏に艇を支えてもらわなければならなかった。引き潮のときには陸続きで、 満ちてくると島になるようなところがけっこうあるが、こんな短時間で潮が満ちたら、取り残される人も出てしまうだろう。その点、 シーカヤックは自由が利いて安心だ。

 午後は、午前中よりもさらに凪いで、まるで鏡の上を漕いでいるようだ。南の島で漕いでいると、何十mも下の海底まで見通せて、 ふいに高所恐怖症に襲われることもあるそうだ。いちど、そんな海にも浮かんでみたいものだ。

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 いったん出艇した葉山海岸を左に見送り、長者ガ崎の東に浮かぶ尾島を回り込む。このあたりは、ウニやアワビ、サザエの宝庫で、 偏光グラスで海を覗き込むと、白い海底にびっしりとウニが張りついているのが見える。

「むこうの岸辺の山並みから長者ガ崎にかけて、竜の背中のように見えるでしょ。長者ガ崎のあたりが尻尾で、その大半は海の中にあって、 先っぽが出ている。竜の尾の先だから尾島って呼ばれるんですよ」

 そんなふうに地名の由来を教えてもらうと、風景が俄然躍動したものに見えてくる。ナンバリングされた道を辿って、 仰々しい看板ばかり見せられ、さらには人工物の林立する観光地では、土地にまつわる物語も埋没してしまう。

 だけど、こうして、全身で自然に触れ合って、土地に向かい合うと、昔の人たちの生き生きとした想像力と、 それを喚起する自然がそのままに残されていたことが羨ましくなってくる。

 ぼくが生まれ育った田舎もそうだが、かつては「白砂青松」と歌われ、遠浅の海岸線がどこまでも続いていた風景が、今は、 浜はやせ細ってみる影もなくなってしまっている。この葉山も、木下氏が子どもの頃は、ずっと白い砂浜がバンドになっていて、 裸足で歩いていけたのだという。そんな頃に、こうしてゆったりと沖に浮かんで浜を眺めることができたなら、どんなに素晴らしかっただろう…… 。

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 ときに、三艇をくっつけて、そんな話をしながら過ごしているうちに、秋の短い陽は、だいぶ傾いてきてしまった。

 海に浮かぶ心地よさに名残を感じつつ、舳先を長者ガ崎から葉山海岸に向けて、無事上陸。

 浜に近い民宿「大海荘」で風呂を借り、塩を洗い流して浜に戻ってみると、 ちょうど大きな太陽が伊豆半島の向こうに沈んでいくところだった。

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■問い合わせ先■
「オーシャンズ」では、シーカヤックのツアーやスクールを随時受け付けています。詳細は、直接お問い合わせを。
神奈川県三浦郡葉山町一色1821-2
tel&fax : 046-876-3401
blog :  http://blog.ocean-s.jp/
mail : info@ocean-s.jp

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**今回のコース。全長約10km。一日のんびり漕いで、 ちょうどいい距離だった**

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葉山シーカヤッキング その2

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 シーカヤックで海に漕ぎ出して、いつも新鮮に感じるのは、馴染みのある陸上風景が海から見るとまったく違った場所に見えることだ。

 鄙びた日本の漁村も、どこか南仏あたりのリゾートに見えたり、南海の島にいるように思える。とくに、 ドライブやツーリングでよく訪れる伊豆や、今回の三浦半島などでは、陸上のイメージがごったがえす観光客やら渋滞する道なので、 このギャップがことさら大きい。

 そして、いつもは海の綺麗さなど気にかけないのに、澄んだ水と魚影の多さ、磯の生物の多様さなどに驚かされる。

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 単にボートを漕いで気晴らしするのではなく、大自然の中に身を置いて、 その息吹を全身で味わえるのがシーカヤックというアクティビティの素晴らしいところでもある。

 ぼくたちは、まるで天に祝福されているかのような小春日和で凪いだ海をのんびりと漕ぎ進んでいく。

 葉山御用邸横の海水浴場を出発して、まずは西に向かう。

 この日は釣り船に、ヨット、ぼくたちと同じシーカヤックも多く、やや気を使いながら進んでいく。それでも、 陸上の混み具合とはまったく違い、それぞれの「領分」が十分に確保できているので安心だ。こんなところも、広い「海」 というフィールドのいいところ。マリンスポーツを楽しむ人は、大らかな人が多いが、 それはこうした茫洋とした環境にいつもいるからかもしれない。