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2008年5月31日 (土曜日)

ノスタルジック発見

[ 03.関東・甲信越, f.出会い, 著者:瀬戸雅彦]

ツーリングに出かけて思わず「あっ、得した」と思えるささいな出来事があります。

雄大な風景を見ながら快適にバイクを走らせたり、旅先でおいしいものを食べたり、という体験はもちろんツーリングの中でのメインの楽しみなのですが、もっと小さな感動に突然出会ったりします。

私の場合、そのひとつはバイクに乗っている我が姿を客観的に見ることができたとき。例えば信号待ちで商店の窓に映る自分だったり、高速道路でトラックの後ろについたときに車体に映る自分だったり。旅の一部始終を主観的に見て感じるのがツーリングですが、突然バイクに乗った自分の姿を見たときには「へ~、こんな感じか」とか「カッコいいな、俺・・・」なんておおいなる勘違いに陥ったりしています。

もうひとつが「古きよき懐かしさ」に出会ったとき。都心では見かけにくいですが、旅先で突然、懐かしい看板に出会ったことは皆さんもあると思います。下の写真にあるようなおなじみのキャラクターによる懐かしい看板。これはもう一瞬、若かりし頃の自分にタイムスリップしてしまう小ハプニング。円柱型の郵便ポストとか、手漕ぎの井戸とか、藁葺き屋根の家屋とか、ノスタルジックな光景は味わい旅にかかせないスパイスになります。

バイクに乗っている人は同年代の人に比べて若々しい、というのは間違いありません。それはバイクが五感をフルに使う乗り物であり、旅先で多くの体験をして感動し喜怒哀楽さまざまな感情に包まれるから。バイクが「心と体の健康器具」といわれる所以です。今週日曜日は梅雨どきであるにもかかわらず、ほぼ全国、日が差す予報(東北の一部のみ残念)。ぜひ感動に出会いにバイクを走らせてはいかが?

00527 いまでも「水戸黄門」で出会えます

00531  当時、虫に向かってかけていたんですね

00548 よく食べました。ククレもね

PHOTO:ATSUSHI SEKINO

2008年5月30日 (金曜日)

森下紀行 その5

[ 03.関東・甲信越, b.温泉, c.食べる, d.道, 著者:賀曽利隆]

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昭文社K課長の席で『ツーリングマップルマガジン』(第3号)の表紙の色校

東京・森下の昭文社・制作本部で若林さん、大久保さんと「300日3000湯」の単行本で打ち合わせ。今日(5月19日)もK課長は外出中なので、課長の許可もとらず、無断で机を使わせてもらった。そのあとは若林さんとの雑談だ。おおいに盛り上がったテーマは、なんと『ツーリングマップル』の第8巻目。みなさん、出ますよ~(笑)

 

賀曽利・・・「若林さん、第8巻目の江戸編、はやくやりましょうね!」

若林・・・・「カソリさん、現地調査で使う馬や駕籠の手配がちょっと難しそうなんで…」

賀曽利・・・「GウィンかMベルでいきましょうよ!」

若林・・・・「う~ん…」

 

そんな若林さん、大久保さんに別れを告げ、いよいよ「森下紀行」の最終回に出発だ。いつものように清澄通りと新大橋通りが交差する森下の交差点に立つ。交差点にはシンボル「まとい」のモニュメントと「深川散策絵図」。「深川散策絵図」には清澄通りの説明が書かれていた。

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森下交差点のシンボルの「まとい」

清澄通りはもともとは二ツ目通りだったという。明暦の大火後、幕府は万治2年(1659年)から寛文元年(1661年)にかけて市街地の区画を大整理し、堅川の掘削後、それには5本の橋がかけられた。隅田川に近い方から一之橋、二之橋、三之橋、四之橋、五之橋と名づけられ、それぞれの橋を渡る通りは堅川一之橋通り、堅川二之橋通り、堅川三之橋通り、堅川四之橋通り、堅川五之橋通りと呼ばれるようになった。それが今の三ツ目通りや四ツ目通りになっている。一之橋通りは昭文社の脇で萬年橋を渡る万年橋通りに、二之橋通りは清澄通りに、五之橋通りは東京の環状5号の明治通りになっている。

 

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森下交差点から新大橋通りを菊川方向へ

さて、森下の交差点からは新大橋通りを菊川方向へ。

まずは森下の交差点にも近い長慶寺へ。そこには「芭蕉時雨塚」があった。江戸時代には広い境内の相当な寺であった長慶寺も、今では森下の町並みに埋もれてしまったかのようで、探すのも大変だった。

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(左)長慶寺
(右)かつての長慶寺はこんな大寺

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五間堀、伊予橋跡の小公園のモニュメント

埋立てられた五間堀の伊予橋跡には小公園。そこを過ぎると菊川になる。
「菊川」…。

この地名を聞くと、ぼくはいまだに動揺してしまう。菊川には家庭裁判所があったのだ。当時、20歳前の交通違反は都内の場合、すべて菊川送りにされた。当時の免許証にはピラピラピラと折りたたみ式の紙がついていて、違反をするたびに、そこに朱色の違反印が押された。あわれ、カソリ、そのピラピラが真っ赤かだった。何度、菊川に足を運んだことか…。「あー、また菊川かよ…」。白バイと勝負して捕まったあとは、いつもこの台詞をはくのだった。


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東京法務局墨田出張所

40年以上も前の記憶をたどり、家庭裁判所を探したが、よくわからない。なんとなく見覚えのあるのが、今の「東京法務局墨田出張所」だった。そのまわりには何軒もの司法書士の事務所が建ち並んでいる。「おそらくここに家庭裁判所があった(と思う)」ということで自分を納得させた。通行人やその近くの人に聞いてみたが、「さー」という答えばかりだった。


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(左)菊川の天然うなぎの店
(右)菊川の居酒屋

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(左)菊川の交差点
(右)大横川

新大橋通りで菊川の交差点へ。そこで交差する道が三ツ目通り。
さらに新大橋通りを行き、大横川にかかる菊川橋を渡る。橋のたもとには地蔵がまつられている。この大横川は堅川や小名木川、仙台堀川と交差する掘割だ。

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(左)住吉銀座
(右)住吉交差点

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四ツ目通りの四之橋。堅川は見えず

住吉銀座の入口を通り、住吉の交差点へ。そこでは交差する四ツ目通りで、今度は錦糸町に向かった。堅川を四之橋で渡ったが、川の流れはまったく見えない。

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錦糸町の交差点

JR総武本線の錦糸町駅前に出ると、そこでは国道14号の京葉道路と交差する。駅前の交差点角には「東京楽天地」。その9階には「楽天地温泉」(入浴料2300円)がある。ここは東京の大深度温泉のハシリ的存在だ。さっそくひと風呂、浴びる。ここにはありがたいことに60分料金(1000円)がある。茶褐色の天然温泉と白濁色の人工温泉の湯につかった。ひと歩きしたあとの温泉はたまらん!!

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(左)東京楽天地
(右)楽天地温泉

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「北斎通り」を行く

錦糸町からは「北斎通り」を歩いて両国に向かった。
この「北斎通り」沿いには「北斎ギャラリー」がある。歩きながら葛飾北斎の「富嶽三十六景」を1枚1枚、見ていける。何という贅沢。「神奈川沖浪裏」からはじまり、赤富士の「山下白雨」、「江戸日本橋」、「深川万年橋下」…と見ていく。北斎はこの「北斎通り」沿いの本所割下水で生まれたという。宝暦10年(1760年)9月23日のことだった。

北斎の「富嶽三十六景」

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上段(左)神奈川沖浪裏 (中)山下白雨 (右)江戸日本橋
下段(左)深川万年橋下 (中)両国橋 (右)佃島
   


「北斎通り」の尽きるところには、両国の「江戸東京博物館」。先日は休館日で残念なことをしたが、今日はしっかりと見ることができた。「武士のくらし」の展示では紀州藩士の例をあげ、武士の1ヵ月間の行動をしめしている。これはおもしろい。「町のくらし」では江戸の町屋が再現されている。三井越後屋江戸本店もある。ぼくの目を一番引いたのは当時の両国橋の模型。その西詰めの、江戸一番の繁華街、両国広小路のにぎわいがよ~くわかる。そんな「江戸東京博物館」を最後に森下に戻った。

「江戸東京博物館」

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(左)「三井越後屋」の江戸本店
(右)江戸歌舞伎

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(左)両国橋
(中)両国広小路
(右)関東大震災で倒壊した浅草のシンボル「十二階」

まだ日は高かったが、昭文社のK課長が戻ったとのことで、森下の「とり満」にK課長のほかに若林さん、大久保さん、坂口さんも駆けつけてくれ、「森下紀行」の盛大な打ち上げをやった。ちょっと胸にジーンとくるシーン。昭文社のみなさま、「森下紀行」ではずいぶんと楽しませてもらいましたよ。
若林さん、カソリは『ツーリングマップル』(江戸編)の準備はもう十分にできていますよ!

 
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(左)森下の「とり萬」の「盛りあわせ」
(右)「乾杯!」。これにて「森下紀行」、終了!


『森下紀行』ガイド

 

2008年5月29日 (木曜日)

北海道2008春の花紀行

[ 01.北海道, a.風景, f.出会い, 著者:小原信好]

■ 取材時期でなくても北海道の天気は気になっている。
そして毎年、シバザクラの開花情報もチェックしている。
でも、天気が悪かったり、予定が合わなかったり、なかなか満開のシバザクラを撮ることができていなかったのだ。今年こそ!と思って十数年。
「網膜剥離」の手術をして、入院していたが、退院後は仕事を入れていなかったので、時間はある。5月17、18日の北海道は晴れの予報。花も例年より一週間早く開花しており、ちょうど満開になるという、これは行かねば!!
急遽、カメラを車に積み込んで、八戸港へと向かったのだ。

■ 夜10時に八戸港を出航した「シルバーフェリー」は、翌朝7時に苫小牧港に着く。
ちょうど一晩寝ることができる便利な便である。
まず、向かったのが、むかわ町にある「たんぽぽ公園」(北海道10F-2)。
たんぽぽが咲く広さ日本一の公園という事で、町でがんばってきたのだが、何年か前の洪水で、河川敷は水没してしまい、公園の半分のたんぽぽが流れてしまったようだ。
なので、意外と地味に黄色い花が咲いていたが、これはこれでいいんじゃないかな。
普段はサッカー場なので、ゴールポストが置かれているわけで、たんぽぽ咲くサッカーコートなのだ。花を踏むのはしのびないのだが、たんぽぽは野草なので、踏まれて強くなるらしい。
ちょうど役場の人が来ていて、教えてもらった。
元々は、河川敷周辺には牧場があって、その牛や馬達の蹄に付着したたんぽぽの種が広まったのだそうだ。
増水して土砂が蓄積してしまい、随分と低くなったベンチに座って、春の風と鳥達の鳴き声をゆっくりと聞いた。

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■ 次に向かったのは、大空町(旧東藻琴村)の「芝桜公園」(北海道43B-3)。
3年前にも一度訪れたが、時すでに遅しで、ほんの少ししか咲いていなかったのだ。
しかし今回、初めて丘一面のシバザクラを見ることができた。
ピンクと白のストライプ模様に植えられ、迫力の光景だ。しかし、町のイメージキャラクターの「ノンキー」くんの顔の形で植えられている部分があって、それはどうかと思うが…。
土曜日ということで観光客も多く、人を画面に入れないで撮影するのは一苦労でしたが、長年の夢が叶ったのでした。

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■ 上湧別町の「チューリップ公園」(北海道48A-1)は、「ツーリングマップル北海道」を担当し始めた翌年(1998年)に撮影に来て以来だ。
これが、意外と良かった。芝桜と違って、いろんな種類のチューリップが植えられているので、公園内を歩いて見て回るのが楽しい。平坦な公園なので、散策するのも簡単なのだ。

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■ そして、一番のお目当ての「滝上公園」(北海道47D-1)。
こちらは、山の斜面一面がピンクに染められていた。
おととし訪れた時は、ピークがとっくに過ぎていて、マダラなシバザクラだったが今回は素晴らしい!
また、この公園の駐車場は丘の中腹にあるため、シバザクラの中を走ることができるのだ。
この日もライダー達が訪れていた。するとバイク置き場で休憩していたライダーから話しかけられた。旭川在住の片岡さんだ。昨年、「屈斜路湖」の湖岸にある秘湯「イソの湯」でモデルになってもらった方なのだ。偶然の再会である!
あの時は、どうしてもモデルが欲しくて、道端でバイクを止めようとしたのだが、止まってくれるライダーは少なく、また止まってくれてもモデルは断られていたのだ。
そんな時に、現れたのが片岡さんだった。
時間がないからと一度、走り去ったのだが、バックミラーの中で道端でうなだれている私を不憫に思ってくれたようで、Uターンしてモデルを引き受けてくれたのだ。
「あん時は、怪しかったなぁ(笑)。バイクを止めて、温泉のモデルやってくれ!って言うんだから」と片岡さん。
「そうそう、撮影終わったら、あの小さな湯船に一緒に入りましたよ。そりゃ、疑いますね」
「ハハハ!でも、今年のツーリングマップル北海道に掲載されていてホッとしましたよ(笑)」
「おかげでいい写真が撮れました。で、せっかくだから、今日もモデルお願いします!」
と言う事で急遽、シバザクラをバックに走ってもらいました。
いや〜〜最高です!!今年も助かりました、感謝です!

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2008年5月28日 (水曜日)

小国 廃線めぐりルート

[ 07.九州・沖縄, a.風景, c.食べる, 著者:坂口まさえ]

沖縄が梅雨入りしてしまいましね。そんな時期ですかー。
九州の梅雨入りも時間の問題でしょうか?

さて、今回は最近巷で噂になっている廃車両購入にちなんで、廃線めぐりルートの紹介。
かつて九州には数多くの私鉄が走っていました。その中でも、その当時の趣を感じることができるのが、小国周辺(19A-5周辺)。
以前、ここには大分県九重町の恵良駅(久大本線)から熊本県小国町の肥後小国駅を結ぶ宮原線(みやのはるせん)が走っていました。しかし、1984年11月30日に廃線。そこで、2004年に鉄道廃止から20年を迎えたことを節目に、廃線跡を活用しようとワークショップが開かれ、道の駅小国ゆうステーション(肥後小国駅跡)から、北里駅跡までの約4キロの区間が誰でも散策できるように整備されました。
道の駅(19A-5)の2Fや木魂館(19B-4)で詳しい散策情報を手にすることができます。一応、ウォーキング用の情報ですが、バイクで旅しながらも、アーチ橋や駅跡を見ることはできるので、まずは情報を手に入れるべし!ですね。(多分、地図がないとわからないところも多いので、Mustアイテムです。)
道の駅から5分ほど行った先にある「宮原トンネル」。ここは歩くことができます。
真っ黒のトンネルはちょっと・・・と思いきや、入り口の照明のスイッチを入れると、トンネル内の照明がパパパーと道案内のように点灯するので、ご安心を!
Pict0574 道の駅小国ゆうステーション
19a5_001  アーチ橋。 歩いて渡れます。
19a5_004

この道の駅から北里駅跡一帯には、温泉やおいしい食べ物屋さんもいっぱい。
私のお気に入りは、岡本とうふ店(19C-4)。ここは、食事も売店も、宿もあって、いつ行ってもたくさんの人で賑わっています。食事処の「豆腐定食」はざる豆腐や揚げたてのデッカイあげなどいろんな味の豆腐を堪能。デザートは「となりの岡本」で豆乳ソフト、豆乳アイス、豆乳ケーキなど豆腐づくしです。いつも変わらぬ味で満足。
19c4_010 岡本とうふ店
19c4_003 和な雰囲気の店内 

この一帯の温泉はどこも泉質が良くってお勧めなのですが、私のお気に入りはコインタイマー式の貸切湯。白岩温泉(19A-3 )、観音岩温泉(19A-3)、裕花(19C-4)。それぞれ、料金も時間も違いますが、料金箱にお金を入れると決められた時間いっぱい、温泉が出っ放し。いつ行っても、新しい湯だし、いろんな浴槽が楽しめるので、お勧めですよー。
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「裕花」の露天風呂。 貸切湯はコインタイマーで24時間入浴可。 
この日はいっぱいだったので、露天風呂に入りました。

またまた、日田市内から阿蘇に抜けるファームロードは、景観も良く、かなり快適走行です。信号も少ないのもうれしい!その途中に位置する小国。阿蘇山へ向かうツーリングの途中に立寄ってみてはいかがでしょうか?

<廃線跡ウォーキングに関するお問合せ>
木魂館(もっこんかん)
住所/熊本県阿蘇郡小国町北里371-1
電話/0967(46)5560
営業時間/8:30~17:30
休日/火曜

2008年5月27日 (火曜日)

中国のワインディング“鷲羽山スカイライン”その2

[ 06.中国・四国, a.風景, c.食べる, 著者:博田 巌]

GW前から通行止めが続いていたR194。ようやく先週23日(金)から片側交互通行で通行が再開されました。

さて先週に続き、鷲羽山スカイライン周辺の紹介です。

鷲羽山スカイラインを南に向かうと「むかし下津井回船問屋」(47D-4)という面白い名前の看板が現れ始めます。古くから備前の南の玄関口として、風待ち、潮待ちの良港としてニシンや昆布を運ぶ北前舟で賑わった下津井港。今でも路地に入ると当時の面影を残す古い建物が残る静かな町並みが残っています。その下津井の町並みの中心的な存在が「むかし下津井回船問屋」。当時の回船問屋を忠実に再現した観光資料館です。タイムスリップしたような建物の中には、旧い時代の下津井港の様子が分かる写真や道具、北前舟の模型などが展示されています。また瀬戸内の海の幸を味わえる食事処や地元の特産物も販売されています。町並み散策の合間に寄ってみて下さい。

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「むかし下津井回船問屋」

入館無料 9:0017:00(入館は16:30) 食事処は11:0021:00

火曜日休館(祝日の場合は翌日) TEL086-479-7890

下津井といえば「たこ料理」でも有名な場所です。ちょうどその日は「むかし下津井回船問屋」の食事処は閉まっていたので歩いてすぐの有名な「保乃家」に向かいました。コースは少し躊躇する贅沢な値段。たこ刺しと裏メニュー的なたこそぼろご飯を頼みました。たこ刺しはこれがたこ!?というほど柔らかくとろみのあるふんわりとした味わい。たこを甘辛く煮た物をのせたそぼろご飯もとてもおいしかったです。次は旬の冬場に味わいたいと思いました。

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下津井から少し東に進んだ児島半島の先端の鷲羽山(47E-4)。駐車場から歩いて向かう展望台からは目の前に瀬戸大橋と瀬戸内の景色が広がるおすすめ展望スポット。のんびりと海の景色を楽しむことが出来ます。

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2008年5月26日 (月曜日)

「かおり風景百選」みかんの花咲く萩

[ 05.関西, 06.中国・四国, a.風景, 著者:滝野沢優子]

 先日、生まれて初めて山口県へ行ってきました。今まで国内外をずいぶんと旅してきたのに、 なぜか山口県だけはずう~っと縁がないままでした。中国地方は関東方面からだと行きにくいこともあり、 広島県も島根県も1回ずつしか行ったことがないのですけどね。

 このままでは一生行けないかもしれないと思い、ちょうど別府で用事があったので、 それに合わせて2泊3日で山口の旅を満喫してきました。 北九州からは関門トンネルをくぐればすぐなんですね。しかも普通車150円、軽・ 二輪は100円という安さ。神戸から淡路島へ渡るのに比べるとずっと気軽です。
 北九州空港を利用したので、残念ながらバイクではなくレンタカーでしたが、この時期はバイクでツーリングするのが気持ちよさそうです。

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**(左)めかり展望台から見た関門海峡。左が門司、右が下関**
**(右)レトロな門司港駅**

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**ここが関門トンネルの入口。この絵はフグでしょうか?  イルカにも見えますが**

 ということで、長年の念願だった山口では川棚、俵山、長門湯本など温泉めぐりのほか、 かねてから憧れていた維新の舞台、に泊まって城下町をぶらぶらと歩いてきました。

 萩といえば…、夏みかんです。
 あちこちに鮮やかなオレンジ色の大きなみかんが実っていましたが、ちょうどみかんの花が咲く時期で、 みかんの実のほかに白い小さな花が彩りを添え、爽やかな薫風の中に鮮烈な香りを放っていました。
  みかんと白い土壁が萩を象徴する風景だということは知っていましたが、香りだけは写真やビデオでは再現できません。その土地に来て、 実際にそこに身を置き、そこの空気に触れてみないとわからないのだということを、改めて知らされました。まさに、 香りだけは旅してみないと実感できませんね。これからみかんの花の香りを嗅ぐたびに、萩を思い出すことでしょう。

 こうした香りを体感するためには、旅の手段はバイクに限ります。エアコンを効かせた車やバス、列車での移動は快適ではあるけれど、 空気を感じることができません。暑かったり寒かったり、雨に濡れたり、風にあおられたりと、バイクの旅は自然に翻弄される分、 全身で空気を感じられて旅気分が盛り上がるのかもしれません。

 ところで、この萩のみかんの香りは「萩城下町夏みかんの花」として『かおり風景百選』 にも選定されているんですね。「世界遺産」や「国宝」などに比べてやや地味な選定物件ですが、 その場に行かないと絶対に味わえないものなので、旅の目的に加えてみてはいかがでしょうか?

                        ◆   ◆   ◆

 ちなみに、関西エリアでは以下が選ばれています。( )内は匂いのもとです。

<三重県>
「答志島和具浦漁港の塩ワカメ作り」(海、海草)
「大台ケ原のブナの原生林」(深い森、清流)
「伊勢神宮参道千年の杜」(神社林、伊勢うどん、お茶など)

<滋賀県>
「比叡山延暦寺の杉と香」(樹木・お香)
「古窯信楽の登り窯」(信楽焼き登り釜)

<京都府>
「祇園界隈のおしろいとびん付け油の香り」(化粧・香料・びん付け油)
「宇治平等院参道茶の香り」(茶)
「伏見の酒蔵」(酒蔵・新酒)
「東西両本願寺仏具店界隈」(お香)

<大阪府>
「法善寺の線香」(線香)
「鶴橋駅周辺のにぎわい」(焼肉屋・キムチなどの食材)
「枚岡神社の社叢」(梅・楠・杉などの樹木・草花)

<兵庫県>
「一宮町の線香づくり」(線香)
「灘五郷の酒造り」(灘の酒)
「山崎大歳神社の千年藤」(藤)  

<奈良県>
「奈良の墨づくり」(墨)
「なら燈花会のろうそく」(ろうそくの灯り)

<和歌山県>
「高野山奥の院の杉と線香」(杉と線香)
「桃源郷一目十万本の桃の花」(桃の花)



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**これがミカンの花。白くて肉厚な花弁です**

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**花と実が同じ時期に木についていることから、「代々」を「橙」にかけて「夏橙(なつだいだい)」 とも呼ばれています**

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**ミカンの木と白壁は萩を代表する風景です**

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**マンホールの絵も夏みかんと白壁でした**

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**萩の町には猫が似合います。何匹も見かけました。 写真の白猫はジャッコちゃん**

2008年5月25日 (日曜日)

今年初のシーカヤックへ!!

[ 07.九州・沖縄, f.出会い, z.その他, 著者:内田一成]

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 去年の11月に神奈川の葉山で漕いで以来、久しぶりのシーカヤックに行ってくる。

 今回は、鹿児島の姶良町でオリジナルシーカヤック「アイラ」や「ナノック」を制作販売しているランドアートの安藤氏がガイド役を買って出てくれて、 南国鹿児島の風光明媚なスポットを巡ることになっている。

 じつはこれ、明日発売の"Goggle誌"から連載が始まる『二輪 花鳥風月 --DN01で味わうニッポンの深層風景』 取材の第2弾。

 日本列島には、大陸から朝鮮半島を経由してきた民族移動のルートがあり、さらに北からサハリン、北海道と渡ってきたもの、そして、 遠くポリネシアから北上してきた海上ルートがある。そんなことやら、鹿児島独自の「桜島文化」というか、薩摩隼人の精神というか、 そんなことなどなどをDN-01とシーカヤックという、陸と海の違いはあるけれど、 パーソナルなクルージングギアを使って風や光を浴びながら、つらつらと考えようと思っている。

 じつは、Goggle誌の本多編集長は大のシーカヤックファンなのだが、そのきっかけとなったのは、ぼくが誘った四国で行われた 「シーカヤックミーティング」だった。

 その後彼は、一気にのめり込んで、ランドアートの「アイラ」艇を手に入れて、主に湘南の海を回遊するようになった。 火付け役のぼくのほうは、自艇はなく、いつもレンタル艇でプカプカと浮いているだけなのだが、今回は、久しぶりに本多氏と、 彼の愛艇の故郷の海で一緒に漂うのを楽しみにしている。シーカヤック仲間の安藤氏とも久しぶりの再会が楽しみだ。

 じつは、ツーリングマップルマガジンで同じようなことを考えていたのだが、それは果たせず、図らずも、別な形でできることとなった。  

 今回はDN-01絡みだけれど、7月には奄美で無人島を巡る長期ツアーを楽しもうと思っている。

 冬のフィールドが今ひとつ楽しめなかった分、夏のマリンスポーツを満喫するのだ!(笑)

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2008年5月24日 (土曜日)

女性ライダーの祭典

[ 03.関東・甲信越, f.出会い, 著者:瀬戸雅彦]

WIMA(ウイマと読みます)を知っていますか?

Women’s International Motorcycle Associationの略称で、女性たちの国際バイク組織のこと。その目的は、世界中のバイク好きな女性たちが手を結び、交流することです。欧州を中心に、アメリカ、オーストラリアなど20カ国に支部があって、約2500人もの女性ライダーがメンバーとなっています。その発祥は、1950年、ひとりのアメリカ人女性ライダーによるもので、当時はバイクといえば不良の象徴。その偏見のなかで組織を設立・運営していくのは、苦労があったようです。

このWIMAは日本にも支部があって、先日ラリーストで現在は富士山麓にてネイチャーライフを実践している山村レイコさん宅に取材にうかがったときに、偶然メンバーの皆さんとお会いしました。毎年各国持ち回りで開催される国際ミーティング「インターナショナルラリー」の2010年開催国が日本に決まったようで、その下見に来ていたのでした。この場合のラリーとはその本来の意味である「大会」のことで、競技とは無関係のバイクの祭典です。山村レイコさんもまたWIMAの賛同者で、2010年のインターナショナルラリーに向けての準備に協力されていました。

約15名ほどのWIMAメンバーの皆さんが集まっていましたが、バイクはオンオフ問わず、メーカーも国内外と様々で、とにかく皆さん輝いていたのが印象的。ツーリングを趣味にしている方ばかりなので、きちんと自分をしっかり持っている自立した女性ばかりに映りました。そしてとても明るい。山村レイコさんとバイク談義にいつまでも花が咲いていました。

来る2010年には欧州をはじめとした多くの女性ライダーが日本を訪れ、共に走り、笑う時間が持たれます。昨今、日本の女性ライダーも確実に増えてきていて、それは女性用のバイクウエアや用品の豊富さからも認識できます。どうか多くの日本の女性ライダーがこのイベントに参加し、「ライダーに国境なし」と国際交流が深まって、日本のツーリング文化がさらに輝かしいものになっていけばいいですね。

WIMAは世界中の女性ライダーと交流したいと考えるすべてのバイク好きな女性に参加資格があります。会費は年間2500円(通信費・サーバー運用費などにあてられます)。2010年インターナショナルラリーは、427日(火)~53日(月)、静岡県富士宮市内の宿泊施設で開催されます。WIMAについて、また2010年のインターナショナルラリーについて、詳しくはサイトを御覧ください。http://www.wima.gr.jp/

Minna WIMA日本支部の皆さん

Wrto 山村レイコさんとバイク談義

PHOTO:KEN FUNAHASHI

2008年5月23日 (金曜日)

森下紀行 その4

[ 03.関東・甲信越, a.風景, c.食べる, d.道, 著者:賀曽利隆]

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昭文社の制作本部でひと仕事。桑原課長の机をお借りしました、無断で…

今日も(5月12日)前回同様、昭文社の制作本部に行くのに、地下鉄の清澄白河駅で下車した。清澄白河駅に近い3つの寺をめぐるためだ。

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(左)間宮林蔵の墓がある本立寺
(右)成等院の紀伊国屋文左衛門の墓

第1寺目は本立寺(日蓮宗)。ここには2度にわたる「樺太探検」を行なった間宮林蔵の墓がある。だが、残念ながら寺には鍵がかかり、墓地入口の扉にも鍵がかかっていたので見ることはできなかった。第2寺目は成等院(浄土宗)。ここには江戸中期の豪商、紀伊国屋文左衛門の墓がある。紀伊国屋文左衛門は紀州のミカンを船で江戸に運び大儲けをし、さらに明暦の大火で木材を買占め巨万の富を築いた。第3寺目は雲光院(浄土宗)。ここには徳川家康の側室、阿茶の局の墓がある。阿茶の局は甲州の武田氏の家臣、飯田氏の子として甲府で生れた。「女丈夫」で知られ、家康の死後も第二代目将軍の秀忠、第三代目将軍の家光に仕え、その手腕を存分に発揮した。清澄通り東側の三好から平野にかけての一帯は寺町といってもいいほど多くの寺がある。

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(左)阿茶の局の墓がある雲光院
(右)阿茶の局の墓

さて、昭文社に行くと、桑原さんは外出中。そこで桑原課長の机を借りてひと仕事をすませ、若林さん、大久保さんの見送りを受けて出発。いつものように清澄通りと新大橋通りが交差する森下の交差点に行く。さー、「森下紀行」の第4弾目の開始だ。今回は新大橋通りで新大橋の方向に向かって歩いていく。

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森下の交差点から新大橋通りをいく

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(左)新大橋通り
(右)「江戸名所百景」の新大橋


隅田川にかかる新大橋は「新」がついているので、ついついそれほどの歴史はないと思われがちだが、「大橋」といわれていた両国橋に次いで2番目に古い橋なのだ。橋の完成は1693年(元禄6年)。当時、新大橋のすぐ近くに住んでいた芭蕉は橋の完成を喜んで、次の2句を詠んだ。

初雪やかけかゝりたる橋の上

有難やいただいて踏む橋の霜

新大橋手前のトイレの外壁には江戸名所百景の新大橋が描かれている。さらにその前には「御船蔵跡」碑が立っている。この地は江戸幕府の艦船、日本一の木造船「安宅丸」の母港だった。今でいえば海上自衛隊の横須賀港のようなもの。新大橋のたもとは「安宅丸」解体後も、幕府の艦船の格納基地(御船蔵)だった。

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(左)新大橋のたもとの「御船蔵跡」碑
(右)隅田川にかかる新大橋

新大橋を渡り、橋の中央で隅田川を眺める。川面に航跡を残して水上バスが過ぎ去っていく。新大橋を渡りきったところで、川岸の遊歩道、「隅田川テラス」を歩いてみる。この遊歩道は上流の白髭橋から下流の勝鬨橋までつづいている。対岸には浜町公園。緑の豊かな公園だ。ここは元は肥後細川藩の庭園だった。公園の一角には「加藤清正堂」(清正公寺)がある。浜町というと「浜町河岸」で知られているが、昔は両国橋から河口までの西岸をいったという。

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(左上)新大橋から見る隅田川
(右上)隅田川沿いの「隅田テラス」
(左下)浜町公園
(右下)浜町公園の清正公寺

浜町のシンボルといえば「明治座」。「おおお!」と驚きの声を上げてしまったが、なんと明治座が18階建ての高層ビルになっていた。藤沢周平の「蝉しぐれ」をやっていた。ふたたび新大橋通りを歩き、水天宮の交差点へ。その角に水天宮がある。ここは東京の安産の神さま。なつかしい…。結婚し、子供ができたとわかったとき、とにかく無事に生まれて欲しいと「腹帯」をもらいに来たことがある。きっとそのおかげなのであろう、無事に長女が生まれた。ところがその後、次女、長男とたてつづけに生まれたが、水天宮の腹帯をもらったのは長女のときだけだった。水天宮に飾られている昭和4年正月の写真がすごい。大勢の人たちが門前を埋めつくしている。「水天宮仲見世」では水天宮名物の「人形焼き」を買い、10個入りをあっというまにたいらげた。

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明治座

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(左)明治座前の稲荷社
(右)水天宮


水天宮の交差点からさらに新大橋通りを歩く。日本橋川にかかる茅場橋を渡り、茅場町の交差点へ。そこを左に折れ、永代橋通りを行き、永代橋で隅田川を渡る。深川の玄関口といっていい永代橋は両国橋、新大橋に次いで1698年(元禄11年)にかけられた隅田川の3本目の橋。この永代橋ではとんでもない大惨事が起きている。1807年(文化4年)、深川の富岡八幡の祭礼にくりだした大群集の重みで橋が落下、多数の犠牲者を出した。永代橋の真ん中でも歩みを止め、隅田川を眺めた。ここで2本の流れに分れ、右側が本流になる。

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(左上)日本橋川にかかる茅場橋
(右上)霊岸橋から見る亀島川
(左下)永代橋から見る隅田川
(右下)永代橋

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(左)深川の大島川
(右)門前仲町の大衆酒場

 

永代橋を渡ると、急に人々の生活の匂いがしてくるとでもいおうか、ほっとした気分になる。そして門前仲町の交差点へ。そこで都営地下鉄大江戸線に乗り森下へ。清澄白河の次が森下駅だ。

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森下交差点の案内板

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(左)森下の酒店
(右)森下の「ときわ湯」

森下では銭湯の「ときわ湯」に行く。Tさんが書き込みでここの「タイル絵」のことを教えてくれたので、それをじっくり見たかったのだ。それは九谷焼の七福神宝船の絵。最後のタイル絵師といわれている「章仙」こと石田庄太郎氏の作。タイル絵の角には「鈴栄堂」の印が入っている。今となっては注文することもできず、どんどんと消えていく章仙のタイル絵なので、「ときわ湯」のは貴重なもの。芸術品といってもいいほどだ。

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