今日のコラムのイメージ

2008年8月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

« ただいま入院中 | メイン | 飛ぶ鳥後を濁さず…… »

2008年5月 2日 (金曜日)

森下紀行 その1

[ 03.関東・甲信越, a.風景, b.温泉, c.食べる, f.出会い, 著者:賀曽利隆]

Img_1190
地下鉄・都営新宿線の森下駅で下車

「300日3000湯」の単行本の原稿を書き始めたことによって、東京・森下にある昭文社の制作本部に行くことが多くなった。ところでこの「森下」周辺というのがじつにおもしろいところ。先日、ほんのちょっとの時間をとって、森下近辺を歩いてみた。さあ、「森下紀行」のはじまりだ!

Img_1191 Img_1193_2
(左)森下の交差点
(右)「芭蕉記念館」を見学

地下鉄・都営新宿線&大江戸線の森下駅で下車し、新大橋通りと清澄通りが交差する森下の交差点へ。そこが「森下紀行」の出発点。新大橋通りで新大橋の方向にぷらぷら歩き、「新大橋」の交差点を左折し、万年橋通りに入っていく。通りの右手の「芭蕉記念館」(入館料100円9時30分~17時)を見学。壁に貼られた「芭蕉の旅の足跡」に目がいく。1枚の地図に「野ざらし紀行」、「鹿島紀行」、「笈の小文」、「更級紀行」、「おくの細道」のルートが記されている。芭蕉の陶像や伝説の「石の蛙」が展示されている。「すごいなあ!」と思ったのは近世中後期の「諸国俳人一覧」。それには日本全国の主な俳人が記されているが、当時のレベルの高さを見る思いがした。そのほか与謝蕪村や小林一茶の「俳人真蹟」なども展示されている。


Img_1196
「芭蕉庵跡」の芭蕉稲荷神社

萬年橋の手前に昭文社の制作本部があるが、その前に「芭蕉庵跡」に寄って行く。今では「芭蕉稲荷」の小さな祠があるが、芭蕉の門人、杉山杉風によって提供された芭蕉の草庵はここにあった。「古池やかわず飛び込む水の音」の名句もここでつくられた。

Img_1197 Img_1198_2
(左)「芭蕉庵史跡展望庭園」の芭蕉像
(右)「芭蕉庵史跡展望庭園」から隅田川の下流方向を望む


Img_1201
「芭蕉庵史跡展望庭園」から隅田川の上流方向を望む

「芭蕉庵」前の隅田川と小名木川の合流点には「芭蕉庵史跡展望庭園」(入園無料)。そこには芭蕉像が建っている。展望庭園だけあって眺望抜群。隅田川にかかる清洲橋を眺める。目を上流側に向けると新大橋。庭園の古地図(安政5年)を見ると、隅田川には永代橋と新大橋はかかっているが、その間の清洲橋はない。

Img_1203 Img_1204
(左)小名木川にかかる萬年橋
(右)小名木川の水門

Img_1205
萬年橋のたもとにある昭文社の制作本部

小名木川にかかる萬年橋の上に立ち、水門を眺めたあと、橋のたもとの昭文社の制作本部へ。森下の交差点からここまでは200メートルほど。さきほどの古地図によると、そこは「松平遠江守」の屋敷跡だ。昭文社では桑原さん、若林さん、大久保さんに会い、ひと仕事を終え、出来上がったばかりの『ツーリングマップルマガジン』の第2号をもらい、「森下紀行」の後半戦に出発だ。

Img_1208_2 Img_1210
(左)小名木川にかかる高橋を渡る
(右)江東区水上バスの「高橋船乗場」。江東区水上バスは今はない

Img_1212
地下鉄の清澄白河駅入口では内田一成さんとのうれしい再会!

清澄通りに出、小名木川にかかる高橋を渡る。この橋のすぐ近くには「高橋船乗場」。以前は江東区の水上バスの乗場だったが、今はない。高橋を渡ると地下鉄・半蔵門線&大江戸線の清澄白河駅。ここでは『ツーリングマップル』の「中部編」を担当している内田一成さんとばったり再会。「旅は出会いだ!」といって喜ぶカソリ。内田さんは小名木川河畔の遊歩道を歩きたくって清澄白河駅で降りたという。

Img_1216
清澄庭園

内田さんと別れ、清澄通りを歩き、「清澄庭園」(入園料150円9時~17時)へ。昭文社の制作本部からここまでは300メートルほど。江戸の豪商、紀伊国屋文左衛門の屋敷跡といい伝えられている「清澄庭園」だが、明治になると三菱の創始者、岩崎弥太郎が「深川親睦園」として開園した。伊豆磯石、伊予青石、生駒石…など全国から集めた銘石の数々には目を奪われる。ここには芭蕉の「古池やかわず飛び込む水の音」の句碑もある。庭園内の最も大きな築山は「富士山」だ。


Img_1229 Img_1228
(左)「採茶庵跡」の芭蕉旅立ちの像
(右)海辺橋たもとの「採茶庵跡」

Img_1218
松平定信の墓がある霊巖寺

Img_1221 Img_1223
(左)「深川江戸資料館」
(右)「深川江戸史料館」では江戸の町屋を再現

さらに清澄通りを歩き、仙台堀川にかかる海辺橋を渡ったところには「採茶庵跡」。杉山杉風の別荘のあったところで、芭蕉は「おくの細道」にはここから旅立った。芭蕉の旅立ちの像もある。

「採茶庵跡」で折り返し、「清澄庭園」前からは「深川江戸資料館」へ。その途中の霊巖寺には陸奥白河藩の藩主であり、「寛政の改革」をおこなった江戸幕府の老中、松平定信の墓がある。「深川江戸資料館」(入館料300円9時30分~17時)は一見の価値あり。館内には江戸の町屋が再現され、火の見やぐらが立っている。白壁の土蔵がひときわ目を引く。このように昭文社の制作本部の周辺というのは見所、盛りだくさん!

Img_1224 Img_1230
(左)三ツ目通りを行く
(右)大富橋下の釣り船の船溜まり

Img_1231 Img_1232_2
(左)首都高の7号線が通る堅川
(右)御谷湯温泉の温泉銭湯「御谷湯」

Img_1233
「御谷湯」入口の「路地尊」

最後は温泉だ。三ツ目通りに出ると、本所方向に歩いていく。菊川を通り、国道14号(千葉街道)との交差点を過ぎ、JR総武線の下をくぐり抜け、御谷湯温泉の温泉銭湯「御谷湯」(入浴料430円)に到着。高温湯、中温湯、低温湯と、3つの黒湯の湯船につかった。高温湯は42度、中温湯は40度だが、低温湯は28度の水風呂だ。温泉で汗を流し、さっぱりしたところで森下の交差点まで戻る。そしてやきとりの店「とり萬」でやきとりの盛り合わせを食べながら、冷たいビールをキューッと飲み干すのだった。

Img_1236
森下の「とり萬」で冷たいビールを飲み干す

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://www.typepad.jp/t/trackback/190088/12431080

このページへのトラックバック一覧 森下紀行 その1:

コメント

次の森下紀行のリクエスト 葛飾北斎です。

「葛飾北斎」ですか…。
頭のスミに入れておきましょ。
それはおいて、
Tさん、「御谷湯」の温泉情報、
ありがとう!!
「泉湯」にも必ず行きますよ~!!!

コメントを投稿