歴史国道 白銀坂
[ 07.九州・沖縄, a.風景, e.峠, 著者:坂口まさえ]
連日、猛暑が続きます。
この暑さのせいか?先日、炭酸飲料をバックにしのばせ、炎天下を散歩。
途中で、「あーー、喉が渇いたー」と炭酸飲料のフタを開けたところ、
ブシュわぁーーー!!
と、ものすんごい音を立てて、噴水のような炭酸シャワー降ってきました。
こんな日照りの日に・・・なぜか私だけビショ濡れ状態・・・
くれぐれも、炎天下の炭酸飲料持ち歩きは気をつけてくださいっ!!
さてさて、NHKの大河ドラマもとうとう、家定さんの時代が終わり、篤姫様も天璋院へと落飾し、いよいよ幕末の騒がしい時代へと突入しそうです。
さて、今回はそんな歴史話題にちなんで、歴史国道「白銀坂」(51L-7)の紹介で
す。その前に、歴史国道ってなんぞや?ってことですが、「歴史国道」とは、人の往
来によって生まれた文化と歴史をもつ道路を主軸に、その沿道に残る遺跡や町並
みを活かした魅力ある町づくりを目指す、建設省と沿道市町村による整備事業。
歴史上重要な幹線道路として利用され、国として特に重要な歴史的文化的価値を
有する道路を称しています。
九州・沖縄エリアでは、大分県日田市の「 日田往還」、長崎県長崎市の「長崎街
道「日見峠」」 、鹿児島県姶良町の「大口筋(白銀坂)」、沖縄県恩納村の「国頭
方西街道」が歴史国道とされています。
で、今回はその中の一つ、「白銀坂」ですが、この白銀坂は、鹿児島県、姶良町
脇元から吉田町牟礼ヶ岡までの石畳の坂道です。この白銀坂は、参勤交代での主
要道である大口筋の難所として、多くの人に知られていたそうです。 現在、白
銀坂の下を海沿いに走る国道10号線の道が、明治に開通して以来、この白銀坂は
主要道路としての役目を終え、利用者もなくなり、次第に忘れ去られていったよ
うです。
しかし、先に述べたように、「歴史国道」としての整備事業が行われたことで、
風雨にさらされて痛んだ石畳を復活させ、現在では坂の全長4Kmのうち約2.7Kmが
残っています。ということで、私も難所に挑戦。
鹿児島市内から加治木町に向け、海と桜島を横目に国道10号線を走らせると、姶
良ICへ分岐する県道57号線の案内板の手前左手に「白銀坂」の案内板があります
。そのまま、県道57号に左折して、またすぐ左折。と、そこが公共の駐車場にな
るので、ここでバイクを降りて、歩いていざ白銀坂へ。
白銀坂の上り口、「大口筋白銀坂」の支柱のところに到着すると、いきなりの急
坂。
「ああああー、上っているーー。」と、とにかく上へ。上へ。 難所と言われて
いただけあって、急坂の連続です。最後まで・・・と思ったけど、思いのほかの
急坂で日が暮れてきたので、この日は途中までで引き返しました。(さすがに夜
道は歩きたくない・・・) なので、次回はもっと余裕をもって来よう!と思う
ことでした。
それにしても、この同じ山道を薩摩のお殿様や、西郷さんや大久保さんたちも通
ったのんでしょうね。人や時代は変わっても、見ている風景は一緒なんだなーー
ーと思うと、なんだか不思議な感じがしました。
こんな石畳が延々と続きます
ここまで、来たのなら、ちょっと足をのばして、日本一の「蒲生の大楠」へはい
かがでしょう?ここ、蒲生八幡神社にある楠は、樹齢約1500年、根周り33.5m、
目通り幹囲24.22m、高さ約30m。環境庁が昭和63年に実施した巨樹・巨木林調査
で、正真正銘日本一に認定されています。ほんとーーーに大きくて毎度見る度に
、「おおおお!」と言ってしまいます。お気に入りは、幹には扉がついていて、
鍵があって中には入れないのですが、神主さんに話を聞いてみると、な、なんと
8畳ほどの空間が内部に広がっているそうです。 なんか、トトロみたいなのが
住んでそうでそうな大樹。 オススメですー。
蒲生八幡神社
気になる扉
これが日本一の楠です!




















































































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