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2008年7月25日 (金曜日)

東北四端紀行 北端編(その3)

[ 02.東北, a.風景, b.温泉, d.道, g.林道・ダート, 著者:賀曽利隆]

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青森駅前

東北のもうひとつの北端、津軽半島へ。出発点は青森駅前だ。
まずは青森港の岸壁にスズキDR-Z400Sを停め、青函連絡船として活躍した「八甲田丸」を見る。そのあと青森ベイブリッジを渡って国道280号の旧道で津軽半島に入っていった。

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青森港

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青森ベイブリッジ

津軽半島でも下北半島と同じように温泉をめぐった。

第1湯目はよもぎ温泉(入浴料350円)。日帰り湯「よもぎ温泉」の湯に入る。
第2湯目は平舘不老不死温泉(入浴料400円)。大浴場の内風呂の湯につかる。ここはなつかしの温泉宿だ。泊まったこともあるし、函館から夜中のフェリーに乗って夜明けに青森港に到着すると、ここで朝湯に入り、朝食をつくってもらって津軽半島をまわったこともある。平舘不老不死温泉は津軽半島探訪のいい拠点になる。

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(左)よもぎ温泉
(右)平舘不老不死温泉

平舘は見所豊富。松前街道(奥州街道&羽州街道のその先)の松並木を走り抜けたところには灯台がある。そのわきには大きな霧笛。平舘海峡の砂浜に立つと、対岸の下北半島の山々が大きく見える。平舘海水浴場の砂浜が広がり、海岸の松林内には江戸末期の海岸防備の台場が残っている。

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(左)松前街道の松並木
(中)平舘灯台
(右)下北半島の山々

平舘を過ぎるとじきに海は広がり、津軽海峡になる。ここでは3岬の「岬めぐり」。まずは弁天崎。岬の突端には赤い祠。弁天がまつられている。ここには、その昔、顔料として使われた赤根沢の赤岩がある。

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弁天崎

次が高野崎。ここは「絶景岬」だ。
津軽海峡の対岸には北海道最南端の白神岬を望む。右手には本州最北端の大間崎、左手には津軽半島最北端の龍飛崎。これらの3岬を同時に見られるのは高野崎だけだ。岬の突端には赤白2色に塗り分けられた灯台が建ち、そこからは岩礁地帯に下り、潮騒橋、渚橋の赤い太鼓橋を渡って岩礁の先端まで行ける。岬はキャンプ場(テント1張500円)になっていて、無料の展望所内には食堂もある。

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(左)潮騒橋と渚橋
(右)紅白の高野崎灯台

3番目は鋳釜崎。ここは立ち寄る人も少なく、東屋風休憩所ではゆったりした岬での時間を過ごせるし、津軽海峡の潮の香をかぎながら園地の草地で寝ころぶ気分は最高!
県道14号との分岐点あたりが今別だ。この県道14号は蟹田、青森方面への近道になっている。

今別から三厩まではバイパスで2車線の快走路。その途中には、津軽半島のツーリングのたびに入っていたつがる浜名温泉があるが、残念ながら平成14年9月9日に閉鎖…。三厩は心に残るところだ。

まずはJR津軽線の終着駅、三厩駅に行く。終着駅というのはそそられる…。
次に三厩港へ。ここが松前街道の終点。つまり奥州街道、羽州街道の終点でもある。陸路はここで尽き、海路で蝦夷へ。松前藩の城下町、松前へ。それが昔の交通路だった。

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三厩駅

三厩港を見下ろす高台には義経をまつる義経寺がある。ここは「義経・弁慶」の北行伝説の地。義経・弁慶の主従は奥州・平泉の地で死んだのではなく、そのまま北へ、東北からさらに北海道へ逃げ落ちたという北行伝説がいまだに信じられ、伝わっている。

三厩からは津軽半島最長林道の増泊林道も走った。ダート17・5キロという本格派林道を途中まで走り、引き返した。

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(左)義経寺
(右)増泊林道

三厩を過ぎると、国道280号は国道339号に変る。国道の1本、山側にはアジサイロードがあるが、アジサイの花が満開だった。

こうして「本州の行き止まり」の龍飛に到着。龍飛漁港の道の行き止まり地点には、太宰治の『津軽』の文学碑が建っている。それには次のような一節が彫り刻まれている。

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「ここは本州の袋小路だ。讀者も銘肌せよ。諸君が北に向かって歩いている時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ濱街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すっぽりとこの鶏小屋に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである」

ここからは高台上の龍飛崎へと、国道339号の階段国道(日本で唯一!)が通じている。
ぼくが初めて「日本一周」したのは30歳のときで、1978年だった。

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そのときの「龍飛」は太宰治の『津軽』どおりの世界で、ここが行き止まりだった。
国道339号(竜泊ライン)小泊に抜けられるようになったのは、まだ最近のことなのである。

 

 

2008年7月23日 (水曜日)

歴史国道 白銀坂

[ 07.九州・沖縄, a.風景, e.峠, 著者:坂口まさえ]

連日、猛暑が続きます。
この暑さのせいか?先日、炭酸飲料をバックにしのばせ、炎天下を散歩。
途中で、「あーー、喉が渇いたー」と炭酸飲料のフタを開けたところ、
ブシュわぁーーー!!
と、ものすんごい音を立てて、噴水のような炭酸シャワー降ってきました。
こんな日照りの日に・・・なぜか私だけビショ濡れ状態・・・
くれぐれも、炎天下の炭酸飲料持ち歩きは気をつけてくださいっ!!

さてさて、NHKの大河ドラマもとうとう、家定さんの時代が終わり、篤姫様も天璋院へと落飾し、いよいよ幕末の騒がしい時代へと突入しそうです。
さて、今回はそんな歴史話題にちなんで、歴史国道「白銀坂」(51L-7)の紹介で
す。その前に、歴史国道ってなんぞや?ってことですが、「歴史国道」とは、人の往
来によって生まれた文化と歴史をもつ道路を主軸に、その沿道に残る遺跡や町並
みを活かした魅力ある町づくりを目指す、建設省と沿道市町村による整備事業。
歴史上重要な幹線道路として利用され、国として特に重要な歴史的文化的価値を
有する道路を称しています。
九州・沖縄エリアでは、大分県日田市の「 日田往還」、長崎県長崎市の「長崎街
道「日見峠」」    、鹿児島県姶良町の「大口筋(白銀坂)」、沖縄県恩納村の「国頭
方西街道」が歴史国道とされています。

で、今回はその中の一つ、「白銀坂」ですが、この白銀坂は、鹿児島県、姶良町
脇元から吉田町牟礼ヶ岡までの石畳の坂道です。この白銀坂は、参勤交代での主
要道である大口筋の難所として、多くの人に知られていたそうです。 現在、白
銀坂の下を海沿いに走る国道10号線の道が、明治に開通して以来、この白銀坂は
主要道路としての役目を終え、利用者もなくなり、次第に忘れ去られていったよ
うです。
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しかし、先に述べたように、「歴史国道」としての整備事業が行われたことで、
風雨にさらされて痛んだ石畳を復活させ、現在では坂の全長4Kmのうち約2.7Kmが
残っています。ということで、私も難所に挑戦。
鹿児島市内から加治木町に向け、海と桜島を横目に国道10号線を走らせると、姶
良ICへ分岐する県道57号線の案内板の手前左手に「白銀坂」の案内板があります
。そのまま、県道57号に左折して、またすぐ左折。と、そこが公共の駐車場にな
るので、ここでバイクを降りて、歩いていざ白銀坂へ。
白銀坂の上り口、「大口筋白銀坂」の支柱のところに到着すると、いきなりの急
坂。
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「ああああー、上っているーー。」と、とにかく上へ。上へ。 難所と言われて
いただけあって、急坂の連続です。最後まで・・・と思ったけど、思いのほかの
急坂で日が暮れてきたので、この日は途中までで引き返しました。(さすがに夜
道は歩きたくない・・・) なので、次回はもっと余裕をもって来よう!と思う
ことでした。
それにしても、この同じ山道を薩摩のお殿様や、西郷さんや大久保さんたちも通
ったのんでしょうね。人や時代は変わっても、見ている風景は一緒なんだなーー
ーと思うと、なんだか不思議な感じがしました。
51l7_010こんな石畳が延々と続きます

ここまで、来たのなら、ちょっと足をのばして、日本一の「蒲生の大楠」へはい
かがでしょう?ここ、蒲生八幡神社にある楠は、樹齢約1500年、根周り33.5m、
目通り幹囲24.22m、高さ約30m。環境庁が昭和63年に実施した巨樹・巨木林調査
で、正真正銘日本一に認定されています。ほんとーーーに大きくて毎度見る度に
、「おおおお!」と言ってしまいます。お気に入りは、幹には扉がついていて、
鍵があって中には入れないのですが、神主さんに話を聞いてみると、な、なんと
8畳ほどの空間が内部に広がっているそうです。 なんか、トトロみたいなのが
住んでそうでそうな大樹。 オススメですー。
52k6_029 蒲生八幡神社
52k6_019 気になる扉
52k6_007 これが日本一の楠です!

2008年7月19日 (土曜日)

外房・鴨川 見どころ&味どころ

[ 03.関東・甲信越, a.風景, c.食べる, 著者:瀬戸雅彦]

今年もツーリングマップル調査取材の季節となった。BMW R1200GS ADVENTUREで関東甲信越の取材を始めました。

例年だと取材の終盤にもってくることが多い房総半島を、今回は初期に取材しました。外房の鴨川は、関東在住の皆さんなら訪れることが多いところかと思いますが、ぜひ次回は訪れてほしい場所が2箇所あります。

まずは、鴨川市太海浜の目前にある名勝仁右衛門島(関東P31J-5)。この島はなんと個人の私有地で、バイクは駐車場に止めて手漕ぎ舟に乗ってアクセスするので、ツーリングに変化がつき、またなかなか興味深い島なのです。所有者・平野仁右衛門の屋敷は1704年に建て直され、これが見学できるのですが、築300年の家はなんとも趣きがあります。また源頼朝が潜んだという洞窟、日蓮聖人が朝日を拝んだ場所など、さまざまな伝説ポイントが点在。ほかにもとても自然豊かな島なので、歩いているだけで楽しめます。岸から眺めるとそれほど大きく見えない島ですが、実際は結構広くて楽しめます。一緒に手漕ぎ舟で渡った家族は、「おもいきって島に来てみてよかったね」と話していました。

Sima_2 浜からわずか100mほどのところに島が見える

Kogu_2 イザ、手漕ぎ舟で島へ。宮本武蔵の心境!?

もう一箇所は、くじら料理で名高い「ぴーまん」(関東P31G-6)。今年で25周年を迎えるというクジラ料理の老舗。近くの和田港にあがるツチクジラをはじめ、さまざまなクジラを味わえます。ちょうど訪れた日に近くの港で解体されたというツチクジラの焼き物のほか、さまざまなクジラの刺身をいただきました。ミンククジラの皮は口の中で溶けるような感じで、特に美味。お店を切り盛りしている女将さんはとても元気で楽しい人で、クジラについてのいろいろな話しが聞けます。和田港にあがるクジラは夏にした捕獲することができず、ひと夏26頭までという制限があるとか。今年は順調に獲れていて15頭を捕獲、残り11頭だそうです。環境保護団体・グリーンピースの抗議で世界的に捕獲も制限されているようですね。

Kujira 「ぴーまん」のクジラ刺身。クジラの種類が札に書いてあった

Img_6068 地元で獲れる「ツチクジラ」の焼き物

房総の郷土料理である「なめろう」や「さんが焼き」は漁師が考案した魚料理で、外房付近で食べられる店が多く、また鴨川市一帯の各店がそれぞれの個性を生かした海の幸の丼、通称「おらが丼」もぜひ食べてみて。ちなみに「おらが」とは「我が家の」という意味。安房鴨川駅近くの地魚創作料理「風神」(関東P31J-4)のおらが丼「海鮮吹寄丼」は、マグロ・イカなど15種類もの魚が盛られていて感激。

Sanga 房総の郷土料理「さんが焼き」。漁師料理が元祖

Donburi 鴨川おらが丼のひとつ、「風神」の「海鮮吹寄丼」

味と見どころ。いずれにしても、房総ツーリングで鴨川を素通りするのは、あまりにもったいないですね。

2008年7月16日 (水曜日)

志布志の夏がやってくる!

[ 07.九州・沖縄, a.風景, 著者:坂口まさえ]

連日、暑い日が続きます。カキ氷が美味しい季節になりました。
そんなことで、ちょっと冷たいものを食べすぎたか、ちょっとバテ気味な今日この頃。みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

さて、そんな時には、夕涼みの夜に、ドカーンとでっかい花火を見たいもの。
九州では、8月のお盆を中心にあちこちで納涼大会・花火大会などが開催されています。その中でも、ツーリング+でお勧めのエリア、志布志を今回は紹介します。
Pict0101
Pict0059 昨年見た花火。今年はどんな花火を見るかな?

志布志(57C-7)は鹿児島県の大隅半島(足の付け根みたいなところ)、宮崎県との県境にあります。東京から志布志を経由して沖縄へ行くAライン(マルエーフェリー)の港があるので、私は毎年のように利用している馴染みのある場所です。
この志布志港で毎年、夏の最大イベントとして開催される「みなとまつり」。
今年もサンフラワークルージングや、神輿パレードなど様々なイベントが開催されます。その中でも最大の目玉は10000発を越える花火。この花火の数で言えば、九州広しと言っても、10000発を越える祭りは数えるくらい。そんなことなんで、花火の規模としては、でっかいお祭りなので、普段は静かな港町も、この日は多くの人で賑わいます。

志布志みなとまつり 
花火の時間帯 
 期  日 平成20年7月26日(土)
 打上場所 若浜地区旅客船埠頭
 時  間 午後9時30分~午後9時45分

 期  日 平成20年7月27日(日)
 打上場所 若浜地区旅客船埠頭
 時  間 午後8時00分~午後10時00分
※ 荒天時は8月1日(金)に延期
【問い合わせ先】志布志市市役所 港湾商工課 電話099-474-1111
57b7__001Aラインと志布志港
57b7__003 志布志港の朝明け

しかし、花火大会だけではもったいない。志布志に来たからには、是非、足を運びたいお勧めスポット「志布志駅」です。何があるんですか?と聞かれると「いやーー、特に」と言ってしまうのですが、ここは鹿児島県志布志市志布志町志布志二丁目にあるJR九州の日南線の無人駅。同線の終着駅でもあり、こじーーんまりとした駅舎や線路の雰囲気が、終着駅の雰囲気をプンプンかもしています。終着駅っぽく?駅ノートが設置されているものいいです。毎年、この駅に寄って、「さーー、今から走るぞ!」と、ホームに腰を落としてホッと一息ついてから旅立つのがいつものパターンなのでした。

志布志近辺の宿でお勧めは、隣町大崎町の「あすぱる大崎」(61A-1)。ここは温泉・宿泊施設のある道の駅。隣接して「くにの松原キャンプ場」もあるので、宿泊派にもキャンプ派にも便利なところです。この一帯の覆うくにの松原の松も、海も見事な美しさ。ここからだと、最南端佐多岬へも、都井岬方面へもアクセスが便利なのも嬉しいです。
学生さんたちは、もうすぐ夏休み。
暑い夏は暑く?ツーリングに南九州はいかがでしょう?
20078__007 くにの松原
20078__013 松林を抜けると、白砂と青い海!



2008年7月15日 (火曜日)

大月町

[ 06.中国・四国, a.風景, 著者:博田 巌]

一気に夏が来たという感じの暑さがやってきました。35℃を越える猛暑になった地域も多いようです。暑さに慣れていない時期、体調管理に注意が必要ですね。

夏といえば川遊び、お気に入りの場所に早速遊びに行ってきました。人気の無い山の中の清流はとても気持ちが良いのですが10分もすると体が冷えて水から上がりたくなるほど。水面からは夏らしい青空が広がっていました。バイクで走る時も水着と水中眼鏡が欠かせない季節です。

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先日、高知県の西部大月町に出掛けてきました。この時期訪れるバイクも多いR321サニーロードの西の入口、以前紹介した旅人歓迎の宿“幡多郷”(97D-2)のある町でもあります。同じ高知県に住んでいながらやっぱり遠いと感じる場所ですが、その分海の青さは格別。R321から県道43号を西に進んだ柏島(97A-4)。以前はサルの多い狭い山道を通って行く、いかにも最果てという感じの場所でしたがトンネルの開通で随分と近く感じられるようになりました。トンネルを抜け一切休憩所から美しい柏島の風景を楽しむことが出来ます。太公望やダイビングを楽しむ方を除けば、美しい風景以外は何もないという場所ですが、透き通る海の美しさはビックリするほどです。目の前に思わず飛び込みたくなるほどの透き通る海が広がる設備の整った無料のキャンプ場もあり、また夕日の美しい場所でもあります。

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県道43号から大月エコロジーキャンプ場(シーカヤックのレンタルがあります)方面に向かった先に広がる樫西海岸(97D-4)。ここもまた海の美しさが素晴らしい場所です。入り組んだ海岸線と透き通る青い海に小さな漁村の風景はなんともいえない風情があります。ここにも景色の良い無料のキャンプ場、樫西園地があります。トイレとシャワーのみのシンプルな設備ですがとても気持ちの良い場所で休憩するのにもおすすめの場所です。

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R321から少し離れるととても美しい場所がたくさんあります。是非寄り道してみてください。

2008年7月11日 (金曜日)

東北四端紀行 北端編(その1)

[ 02.東北, a.風景, b.温泉, e.峠, g.林道・ダート, h.泊まる, 著者:賀曽利隆]

「東北・北端編」の出発点は八戸道の終点、八戸北IC(高速道はそのまま百万石道路→第二みちのく道路となって三沢まで通じている)。そこから国道338号で三沢へ。スズキDR-Z400Sを走らせる。

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八戸道の八戸北ICに到着!

「米軍三沢基地」で知られる三沢は、知られざる温泉の宝庫。市内の何ヵ所にも温泉銭湯があり、何軒かの温泉旅館がある。そんな三沢の温泉を1日かけてまわり、太郎温泉でひと晩、泊まった。ここには温泉銭湯に隣りあって温泉旅館があるが、朝食つきで3825円という安い宿泊費で泊まれた。

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三沢の太郎温泉を出発

翌朝、三沢から太平洋岸の国道338号を北上。三沢の淋代海岸には「太平洋無着陸横断記念碑」。「ミスビードル号記念広場」には「ミスビードル号」の実物大の模型が飾られている。

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「ミスビードル号」の模型

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(左)淋代海岸
(右)国道338号を北上

昭和6年(1931年)10月4日午前7時01分、アメリカ人クライド・E・バングボーンとヒュー・ハーンドン・ジュニアの2名の乗ったベランカ単葉機、朱色の「ミスビードル号」は425馬力のエンジン音を響かせ、この地からアメリカ・ユタ州のソルトレークシティーを目指して飛び立った。

その2日後の午前0時14分、シアトル東方のワシントン州ウェナッチ飛行場に胴体着陸し、人類史上初の太平洋無着陸横断飛行を成しとげた。飛行距離は7910キロ、飛行時間は41時間13分、平均飛行速度は192キロ(毎時)だった。

淋代海岸は今も、その名の通りの淋しげな海岸だが、この地は劇的な歴史の1ページを飾った舞台でもあるのだ。

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(左)小川原湖の出口
(右)小川原湖から流れ出る高瀬川

小川原湖から流れ出る高瀬川を渡り、さらに国道338号を北上し、下北半島に入っていく。「原燃」の原子燃料サイクル施設群や石油備蓄基地の巨大タンク群を見、六ヶ所温泉の湯に入り、県道179号のダート区間を走ったりしながら物見崎に到着。白糠漁港出口の岬には白い灯台が立っている。

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(左)六ヶ所温泉に入る
(右)県道179号のダート区間(6.0km)を走る

何年か前に灯台の真下で野宿したとこのことが鮮やかに思い出される。夜が明けてさて、出発しようかというときに、地元のおばちゃんがやってきた。
「よく、ここで寝られたねえ」

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(左)物見崎の灯台
(右)物見崎の海岸

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物見崎の吸い込まれそうな海

その何日か前に、若い母親が小さな娘2人を道づれに海に飛び込んだという。母親と娘さん1人の遺体は収容されたが、もう1人の乳飲み子はいまだに発見されていないという。物見崎の海はすばらしくきれいだし、岬から眺める風景もじつに美しい。そんな岬で…。国道338号から県道248号→県道172号→県道6号で下北半島北西端の尻屋崎へ。

岬への入口にはバーが下りている。その手前でDRを停め、「二輪車用押しボタン」を押し、バーを上げて入っていく。岬周辺の草地では「寒立馬」で知られる骨太の馬や牛が放牧されている。

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(左)尻屋崎入口のゲート
(右)尻屋崎の海岸線の道。正面に灯台

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尻屋崎は自然の花畑!

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(左)尻屋崎の寒立馬
(右)寒立馬の親子

松林を走り抜け、海岸に出る。白っぽい石灰岩の道が岬突端の灯台へとつづいている。そこには「本州最涯の地」碑が建っている。岬と灯台は切っても切れない関係にあるが、ここの灯台は日本に数ある灯台の中でも一番、絵になる(と思っている)。

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尻屋崎の灯台

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(左)「本州最涯地」碑
(右)尻屋崎周遊道路を行く寒立馬

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(左)「絶景路」の尻屋崎周遊道路
(右)海に落ちる山並み。その向こうは「尻労」の集落

DRを停めると、岬の涯っぷちに座り、海を眺めた。左手には下北半島の山々が重なりあって見える。その山並みはストンと海に落ちている。目の向きを変えると、北海道の山影が津軽海峡の水平線上に霞んで見える。その右端が恵山岬だ。

尻屋崎からは県道6号で下北半島の中心、むつの田名部へ。

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(左)宇曽利山湖畔にDRを停める
(右)宇曽利山湖


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宇曽利山湖の風車

田名部からは県道4号で恐山に行く。入山料の500円を払い、「日本三大地獄」の恐山を歩く。そのあと恐山温泉の湯に入る。境内には4湯の湯屋があるが、4湯とも素朴感の漂う木造りだ。「古滝の湯」→「冷抜の湯」→「薬師の湯」→「花染の湯」という順番で4湯をまわった。女性専用の「古滝の湯」以外の3湯に入ったが、「冷抜の湯」と「薬師の湯」は男性専用、「花染の湯」は混浴になっている。

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恐山温泉「花染の湯」

どこも木の湯屋、木の湯船、木の洗い場。総木造りの温泉なんて、今の時代では最高の贅沢。白濁色の湯には酸味があり、強い硫黄臭がある。駐車場には観光バスがズラズラズラッと並ぶような恐山なのだが、3湯とも入浴客はぼく一人だった。

恐山温泉に大満足し、田名部へと下る。その夜は田名部に近い斗南温泉の「むつグランドホテル」に泊まり、翌日、「東北最北端」の地を目指した。






2008年7月 9日 (水曜日)

空に続く塔

[ 07.九州・沖縄, a.風景, c.食べる, 著者:坂口まさえ]

待っていました! 梅雨明け。
九州・沖縄は連日の夏日和。みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

ということで、今回は、こんな晴れの日に出かけたくなるルートの紹介です。
先週のコラムに関連して、このルート上にも「コレは!」と思う風景があります。
と、始まりは佐世保港(15I-4 )。 遠くに見える軍艦?らしき船を横目にひたすら西海橋に向かって国道202号を南下します。
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ちょっと異空間な佐世保港
江上浦に入り、「あーー、緑が多くなってきたなぁーーー」なんて思っていると、目の前に不思議な風景が突然現れます。 自分の中では「「天空のラピュタ」の世界みたい♪」と思っているのですが、もっさりした緑の森からニョキニョキーーと真直ぐ空に向かって伸びている塔の風景はちょっと別世界に入ってしまった感じで、好きな風景のひとつです。
15j7r202002 まっすぐに延びる塔 なんじゃろ?

塔の風景が少し小さくなった頃に西海橋に到着。西海橋は、日本三大急流で有名な伊ノ浦(針尾)瀬戸に大きなアーチを描いて架かる橋で、建設当時(1955年(昭和30年))では、東洋一、世界第三位のアーチ橋だったそうだ。老朽化に伴って、2006年に新西海橋が開通。現在、西海パールライン(有料道路)の橋として使用されています。この橋の歩道部分は無料で通行可。隣の赤い西海橋の風景と、名物の渦潮を見ることができ、さらに、歩道の中間地点に展望室があり、そこの床にある覗き窓?から、眼下の渦潮や通る船を覗いて見ることができてお勧めです。また、西海橋入り口にある西海橋公園は眺めもよく、ゴロンと寝転びたくなるよーな緑の芝の休憩スポット。桜の名所でもあるので、桜の季節にまた来たいもんです。
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西海橋データ 
(形式:鋼アーチ/橋長:316.26m/最大支間:216.0m)   
  完成:1955年(昭和30年)
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新西海橋データ 
(形式:鋼中路ブレースドリブアーチ橋/橋長:300.00m/最大支間:240.0m)
  完成:2006年(平成18年)

さて、西海橋からさらに202号線を南下。途中の川内の交差点から県道43号で「道の駅さいかい」(15H-7)に立寄って、ここからオレンジロードへ。このオレンジロードが長崎の小島が見ながらの快適ルート。木々の緑に、空と海の青は、どーしてこんなにも心地よく旅を盛り上げてくれるんだろーーー。と、度々このルートでは、歌を歌いながら快走している私です。
15j704_005 このルートには小島がいっぱい見えます。

特に何もなければ、このまま南下し、県道204号線で長崎市内へ向かうルートが定番なのですが、お腹が空いた時には、伊佐ノ浦公園(22H-1)を目指します。お目当てはこの公園内にあるレストラン「菜彩(さいさい)」。地元の素材を使った手づくりの薬膳料理を味わえます。店内の落ち着いた雰囲気とそこからの風景で、ほっと一息つける空間です。その他、この周辺は吊橋や散策道やコテージもあります。また、「体験交流センター」では、木工細工・炭づくり・陶芸などが体験できるので、これからの季節、家族連れにはうれしい場所ですね。 私はダム湖畔で、ボーーーと過ごすだけでもいいかなぁーーー。
22h1__004 バイキングなので、好きなのを好きなだけ。うれしい☆
22h1__008 スワンボートがいい感じ♪
22h1__001 吊橋もあります

【お問い合わせ先】
〒857-2221 西海市西海町中浦南郷1133-48
伊佐ノ浦体験交流センター
TEL・FAX:0959-32-9087

最後に、気になっていた塔のこと。
あの塔は、日本旧海軍の無線施設だったそうです。
有名な言葉「ニイタカヤマノボレ」
という太平洋戦争の戦闘開始を12月8日午前零時とするという伝令を、太平洋に展開する連合艦隊に伝達するのに使われたのがこの無線塔と言われていたそうです。諸説あって、実際のところ、 「『ニイタカヤマノボレ』という暗号電報は、連合艦隊の旗艦長門から発信され、有線ケーブルを通って佐世保に達し、針尾無線塔を中継して中国大陸や南太平洋に展開する部隊に伝えられています」という説が有力なようです。
それ以上に驚いたのは、この塔は1997年まで使用されていたそうです。あの目立つ塔が、戦争を乗り越え、さらに最近まで活躍していたって思うだけど、なんかまた違った景色に見えてしまいそうです。「よく頑張ったねー。」と走りながら声をかけてしまいたくなる無線塔の事実なのでした。

今年のツーリングでは、こんな遺構をちょっとまわってみようかなぁ?と、梅雨明け宣言から、地図を眺める時間です。

2008年7月 2日 (水曜日)

コレは!スポット 宮崎小林編

[ 07.九州・沖縄, a.風景, 著者:坂口まさえ]

 梅雨のつかの間の晴れ間もまた隠れて、曇り・雨模様。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
さて、あちこちバイクで走っていると時々、「なぜ、こんなものがココに!」と
思うことがあります。そんな私の気になるなぜ?スポットが点在するエリアを紹
介します。

まずは、国道268号沿い、野尻町にある「のじりこぴあ」(49C-6)。
確かココにはバラ園があったなぁ・・・と、何気に立ち寄ったところ、ものすご
い数のカエル(置物)に出迎えられて圧倒されてしまいました。 あっちも、こ
っちもカエルだらけ。 あまりの多さに、バラ園のことなぞすっかり忘れてカエ
ルに釘付け! それにしても、このカエル。どうしても、このミニ観光施設の「
のじりこぴあ」と結びつかなかったのですが、園内の方に聞いてみたところ、こ
れらは『Uターンカエル』と言って、この、のじりこぴあのマスコットキャラク
ター。帰るがケロケロと鳴くのにかけて「帰ろ帰ろ」ということで、野尻町に帰
ろうという町のUターン、定住者促進と活性化の願いをこめて考えられたマスコ
ットだそうです。 そんな話を聞くと、なんだか可愛いだけじゃーなくなってき
て、「カエル君、がんばってくれたまえ」と言いたい衝動に駆られるのでした。
本当に、ポツンとある施設ですが、道の駅も兼ね、食事はもちろん、キャンプや
宿泊、温泉入浴も可。バラ園 や薬草・地域植物センター 、メロン型ドームなど
もあり、園内の施設を生かした薬膳料理やハーブ湯など楽しめます。町の頑張り
が見えるようで、結構好きなスポットです。
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のじりこぴあ

所在地:〒886-0213 
宮崎県西諸県郡野尻町大字三ケ野山4347-1
問合せ:0984-44-2210

 次は小林市内へ向かい、国道265号から陰陽石と三之宮峡の案内板で陰陽石(48L-4)へ。
ツーリングマップルでは「なんと見事な・・・」とコメントがありますが、やは
り言ってしまう「なんと立派な・・」。
と、百聞は一見にしかずではありますが、この陰陽石、夫婦岩とも呼ばれる2つ
の奇跡で、霧島火山帯の溶岩が作り出した、まるっきし自然のものだそうです。
男石(陽石)が高さ17.5m、女石(陰石)が周囲5.5mあり、一対であるのは世界で
も珍しいとのこと。入り口には小さな鳥居があって、子宝の神として、祀られて
いました。この石には、『この地に美女に見惚れた竜が天から降りてきたという
伝説もあり、別名竜岩、夫婦岩とも呼ばれています。』と案内板より。

ちょうどココを訪れた時には、工事をしていて、道や駐車場など、観光客が増え
るように整備している途中でした。最近、宮崎県の観光地へ行くと、このような
風景をよく見かけます。これまでは、地図に掲載していても、『廃れてしまった
観光地』という感じのところが多かった気がしますが、知事が変わってからとい
うもの、あちこちで、村おこし状態。 いろんなところで、知事の影響が出てい
るようで、なんか元気があっていいです。それに負けじ!と、近隣の県も観光客
を呼ぼうと、いろんなアイディアを出していて、大きな相乗効果が巻き起こって
いるのを感じる南九州です。
まあ、それはともかく、とにかく立派な石なので、自然美?を堪能できること間
違いなしですよ。

48l4_010 神社が入り口。 遠くに見えるは・・

48l4_002なんと!と思わず言ってしまいます。

さて、この陰陽石のある岩瀬川沿いには、もう一つお勧めのスポットがあります
。日本の遊歩道百選の一つでもある雄大な渓谷の「三之宮峡」。渓谷には、水の
浸食でできた奇石などのスポットや手掘りの11のトンネル、「日本の音百選」の
一つに選ばれた「櫓の轟(やぐらのとどろ)」などもあって見所満載。50畳敷も
ある岩のほら穴「カッパ洞」は、本当に河童が出てきそうで、一人で行くと、ち
っとばっかり、冷っと感じるところで、外から見るのが精一杯。新緑や紅葉も楽
しめます。陰陽石に見とれた後は、別の自然美を堪能できる、陰陽石とセットの
お勧めの散策スポットです。

48l4_004 いかにも涼しそう。

48l4_002_2 河童も住む?
最後に、ここは外せない「なぜ?スポット」は、「みやまどり苑」。えびの高原
へ向かう県道1号沿いにある一見、普通のドライブインなんですが、ここの駐車
場がおもしろいんです。 ひょっとこ面をつけた人形やら、でっかい倭建命など
など、とにかくオブジェだらけ。このオブジェの表情がなんとも豊かで、バイク
を止めずにはいられません。ずっと気になっていたので、昨年の調査時には立ち
寄って、食事をしました。

48i5_002 一見、普通のドライブインなんだけど

48i5_004 こんなんがアチラこちらに・・・
店のおばちゃんに「”いのししそば”がおいしいよ。」と勧められて注文。お
っしゃるとーり、おいしかったです。 焼肉が人気のようで、他のお客さんは焼
肉を食べていました。 
ついでに、あのオブジェについて聞いてみると、以前、近所にあった、「日本一
あやしい公園」を作った人が作ったオブジェだそうです。 ちょっと納得してし
まいました。 もし、まだあの公園があったら、紹介したかったのですが、現在
は閉鎖。残念です。
小林市近郊一帯は見所たっぷりなので、梅雨明けのお手軽ツーリングスポットに
はお勧めです。
早く、梅雨が明けるといいなぁー

48i5_002_2 イノシシ美味しかったデス
みやまどり苑
所在地:宮崎県小林市大字南西方7677、
問合せ:0984-23-5510

2008年6月17日 (火曜日)

チリ紀行

[ 99.海外, a.風景, 著者:博田 巌]

岩手・宮城内陸地震、被害の全容が分かるにつれ地震の揺れの大きさが分かり、被災された方はとても恐ろしかったでしょうね。災害が起きたとき何も出来ないことがもどかしいですがお見舞い、お悔やみ申し上げます。

今回は昨年訪れた南米チリのお話。

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南は南極圏もすぐそこのパタゴニア、北部には広大なアタカマ砂漠が広がる南北4300kmもの距離がありますが、東西はアンデス山脈と太平洋に挟まれ、平均175kmという南米チリ。太平洋を挟めば隣国という言い方も出来なくもないですが、アジアの東端の国に住む我々にとってはなかなか訪れるには遠い場所の一つです。南米を訪れるのは15年ほど前のアルゼンチンに続き二度目。アルゼンチンでは旅行中に盲腸に襲われ入院という大ハプニングに遭いましたが、皆さんにとても親切にしてもらいそれ以来すっかり南米好きになってしまいました。

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さて昨年11月に訪れたチリ中部の町、LA SERENAラ・セレナ。スペイン語で「静かで落ち着いた」という意味のチリの首都サンチャゴから北に470kmの海岸線の町。ヨーロッパの町並みを思い起こさせる町の中心部には多くの教会や石積みの建物の落ち着いた佇まい、植民地時代の雰囲気が残っています。特徴的な灯台Faro Monumentalが目に付く海岸線に出ると南にリゾートホテルやレストランが並び、夏(122月頃)にはチリ各地やアルゼンチンからもやってくる海水浴を楽しむ人々で賑わうようです。日本とは逆の季節11月はちょうど春の終わりから初夏にかけてといったところ、朝は6時ぐらいから明るくなり夜8時ぐらいまで明るく、朝や夕方にはこの海岸線を散歩したりジョギングを楽しむ姿が多く見られました。市民の憩いの場といったところでしょうか。時には気の早い方が泳ぐ姿も。大きなアザラシの死体が打ち上げられていたりもしました。また天気のいい日にはとてもきれいな夕日を楽しむことが出来ました。

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巨大な十字架が目に入る隣町コキンボまでが一つの大きな町といった感じでしたが、町の外に出ると乾燥した荒涼とした台地に青い空が広がりこれぞチリといった風景が迫ってきます。(つづく)

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