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2008年7月21日 (月曜日)

メキシコ・「ペンション・アミーゴ」にライダー1名沈没中

[ 99.海外, f.出会い, 著者:滝野沢優子]

 7月19日、ニッポンの梅雨明けと同時に無事、メキシコより帰国しました。

 ニッポンは暑いですねえ。今回のメキシコは主に中央高原を旅していたので、けっこう寒くて震えていました。何しろ、 首都メキシコ・シティでも標高2240mもあるのです。日本同様、今は雨季ではあるものの、 もっと空気が乾燥しているし、爽やかな気候です。それにすっかり慣れていたので、成田に降り立った瞬間、熱くて湿った空気に包まれ、 息苦しく感じたほどでした。

 ところで、今回のメキシコは実に14年ぶりの訪問でした。

 1994年2月から1995年8月にかけて、 私はロサンゼルスで買ったYAMAHAセローでラテンアメリカをバイクで旅をしました。 いろいろあって途中で2度帰国したのですが、そのたびに拠点としたのが、メキシコ・シティにある日本人宿「ペンション・ アミーゴ」だったのです。あれからどうなっているのか気になっていたこともあり、今回も拠点にさせてもらいました。

 「ペンション・アミーゴ」は日本人男性と結婚したメキシコ人女性がオーナーの安宿。 ダンナが亡くなったあともそのまま日本人相手の宿として営業を続けていて、ラテンアメリカでは日本人宿の老舗といえる存在です。
 アメリカから下って来た人にとってはラテンアメリカ最初の日本人宿でもあるし、シティの中心部、 地下鉄駅からもすぐという便利な立地にありながらドミトリー1泊60~70ペソ(600~700円) という、おそらくメキシコでも一番安い価格のため、いつも20~30人ほどの旅人で賑わっています。 前回と大きく雰囲気は違っていないけれど、旅人の多くはかつて私がそうだったように、20~30代前半。 自分が確実に年齢を重ねているのを実感しました。でも同年代や、ぐっと上のシルバー世代も来ていますよ!建物は老朽化しているけれど、 居心地の良さは相変らずでうれしくなりました。

 ラテンアメリカには、こうした日本人宿が少なからずあり、料金の安さと居心地のよさから、予定外に長期滞在(= 「沈没」)してしまう人が後を断ちません。
 実際に北米からメキシコに下ってきて、南米を旅行する前にここに寄り、 そのまま宿の管理人となって1年以上を過ごして旅を終えた人もいるし(大倉直。 「メキシコホテル」 という著書に当時の旅人の話が詳しく書かれています)、現在の管理人代理、タケバ氏もバイク旅の途中でここに寄ったが最後、 旅を止めてバイクを売り、10年以上もここに住み着いて日本とメキシコを往復しながら生活をしています。

 また、現在二輪雑誌のカメラマンとして活躍する「ひげ大王」こと河合宏介も、 世界一周ツーリング中、なんと7ヶ月も滞在していたそうな。しかも宿代を安くしてもらうため、 屋上にテントを張っていたというから、すごすぎます。

 たしかに、ここはシティの中心部にありながら、広いパティオ(中庭)があってバイクも安全に止められるため、 私や河合氏だけじゃなく、ラテンアメリカを旅するライダーの多くが利用しています。今回も、やっぱりライダーが居ましたよ。
 なんと、14年前の私と同じく、ロサンゼルスで新車のXT250(セロー)を購入し、 これから8ヶ月かけて南米をツーリングするという榎戸さん

 しばらく前に海外ツーリングライダーのサイト、「WTN-J (ワールド・ツーリング・ネットワーク・ジャパン)」の掲示板で、 「アメリカでバイクを買って中南米を旅できるのか?」という彼の質問に、私が答えていたのでしたが、 最初はお互いにそれと知らず、話しているうちにそれが判明したのでした。

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**榎戸さんとまだピカピカのXT250。「ペンション・アミーゴ」のパティオにて。 キレイに見えますが建物はけっこう老朽化しています**

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**「ルチャ・リブレ」を見に行った翌日、 マスクを被ってルチャごっこをする榎戸さんと同宿のアミーゴ**

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**(左)「ペンション・アミーゴ」の食堂。 管理人代理のタケバ氏のスペイン語教室も開催されていました**
**(右)長期旅行者同志、食事をシェアして作る風景も相変らずでした**

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**(左)「ペンション・アミーゴ」はパティオを囲むように部屋が並んでいます。2、3階がドミトリー (一部個室あり)、1階はオーナーの住居とキッチン、リビング、図書室、洗濯場となっています**
**(右)ドミトリールームは男女別で、わりと広めの部屋に3~4ベッド&机があります。トイレ、シャワーは共同。 右奥は韓国人のヒョンちゃん。日本語ペラペラ。スペイン語を取得するべくここで長期滞在中**

  榎戸さんは、この旅の前には、XR250で日本からロシアへ渡り、 ユーラシア横断&アフリカ縦断ツーリングも果たしているので、 見かけによらずかなり旅慣れています。今回はテントも自炊道具も持たず、バイクの改造も何もせず、いたってシンプルな装備。 海外ツーリングだからとやたらに改造したり、荷物を山盛りに持っていく(タイヤまで運んでいる人も!)ライダーが多いのですが、 実際はそんなに気負う必要はありません。ノーマルセローでアフリカだって一周できたんですから。

 ラテンアメリカの場合、 バイクは北米で簡単に購入できるのでオススメです。榎戸さんのXT250は諸経費込みで4200US$程度だったというから、 日本で買うのとほとんど変わりないですよね。旅が終わったら南米で売ることができるうえ、 ラテンアメリカの国境越えではカルネも必要ないので、日本からバイクを持ち出すよりもずっとラクだし経済的です。 

 そんな旅慣れた榎戸さんも、あっという間にアミーゴ生活2週間が過ぎ、マージャン三昧の日々を送って沈没しかかっていました。 アメリカからナンバープレート(アメリカで新車登録をすると、ナンバーが来るまで1ヶ月以上かかるので)が届くのを待っているだけなので、 まあいいのでしょうが、前例がたくさんあるだけに、ちょっと心配。無事に出発してくれることを祈っています。

 それにしても…、「ペンション・アミーゴ」、恐るべし。旅人をそこまで堕落(?) させる理由とは、一体何なのでし ょうか? 言葉で説明するのは難しいので、興味のある方、一度沈没生活をしてみたいという方、 ぜひ滞在してみることをオススメします。

 なお、メキシコシティには後発の日本人宿「サンフェルナンド館」もあります。 個室が中心なので短期旅行者がメインらしいのですが、なんと、そこにはしばらく亀田一家も滞在していたそうです。 興味津々で見に行ったのですが、現在は市内のアパートに移ってしまったとか。残念でした。

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**私の著書「来て見てラテンアメリカ」 (1998年 凱風社)にも「ペンション・アミーゴ」 のことが書かれています**

2008年7月13日 (日曜日)

不思議な縁

[ f.出会い, 著者:内田一成]

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 つい先日、三好レイコさんの紹介で、Kさんという方と会った。

 あるアウトドアメーカーに関わる仕事の話だったのだが、いろいろと話をするうち、 Kさんが長い間アドベンチャーレースの取材を続けているとのこと。
「それなら、山田周正さんをご存知でしょ?」
「ええ、周正さんとは、何度も取材ご一緒しました。内田さんもお知り合いですか?」
なんて流れになった。

 周正氏とは、しばらく会っていないけれど、同じオフロードバイク乗りとして昔から知っているし、 カリフォルニアのグラミスで彼が開催しているデザートナビゲーションチャレンジは、その第一回にオフィシャルとして参加させてもらったし、 お互いジョセフ・キャンベルのファンだったりと、とても気の合う友人だ。

 世間は狭いというけれど、そんな共通点を見いだしてからは、話はどんどん脱線して、普段、 あまり人と話はしないスピリチュアルなことでまで盛り上がってしまった。

 ぼくは、かつて、このコラムにも書いたことがあるけれど、『土地に呼ばれる』という経験を何度もしている。もう15年以上前から、 あちこちの聖地巡りをしているのだけれど、興味を抱いて、そこに行ってみたいと思った場所からは、必ず、 その土地神様がぼくを呼びつけたとしか思えないようなタイミングで、その土地の人から誘いを受けて出向くことになる。

 今回、Kさんとの話の中では、二年前に沖縄の御嶽巡りをして、その後も、この『女神の島』に興味を持っていると話したら、「私、 その女神の末裔が友達ですから、今度紹介します……」といったような展開になった。

 先週は、『内地』の仏様に導かれ、今度は沖縄……そしたら、たまたま書店で手にした最新号のCasaBURUTUSは、 ぼくがかねがね訪ねてみたいと思っている海外の聖地特集だった……と、それだけではまだ終わらず、今まさに、 ツーリングマップル関西担当の滝野沢さんは、その聖地巡りをしてるんだった。ちなみに、彼女は、 某登山専門誌編集部でぼくの後輩に当たるのだ……。

 最近、あらゆる物事が繋がっていると思えてならない(笑)

2008年7月 7日 (月曜日)

ニホンオオカミは生きている?

[ 05.関西, 07.九州・沖縄, f.出会い, z.その他, 著者:滝野沢優子]

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**ニホンオオカミの生存の可能性を示唆する内容。表紙のイヌ科動物は西田氏撮影のニホンオオカミ**

 今年のはじめ、農水省の役人をしている大学時代の友人がなぜか送ってくれたのが、この本。

 たしかツーリングマップル関西の取材時に「ニホンオオカミ像」(27H-5)を見たことがあるので気になっていましたが、なかなか読めないままに数ヶ月が過ぎ、先日ようやく読破しました。

 本のタイトルは「ニホンオオカミは生きている」(2007年、二見書房)。

 著者は西田智氏。北九州在住の元・高校教師で動物の専門家ではないのですが、教職の傍ら、自分の休暇とお金を費やし、ライフワークとして鳥類の研究を続けながら九州・祖母山系にニホンオオカミを追い、2000年7月、とうとうその姿を写真に収めたのです。西田氏のフィールドワークの様子や、学会や世間にニホンオオカミの生存の可能性を認めてもらおう、という活動のドキュメントです。

 ニホンオオカミといえば、絶滅種とされています。1905年(明治38年)、奈良県東吉野村鷲谷口で捕獲された若い雄が最後の生存情報だということで、現在、その地に銅像が建っている、というわけですが、この本を読めば、真偽は不明だということがよくわかります。

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**奈良県・東吉野村にあるニホンオオカミの像**

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  そもそも、ニホンオオカミは犬とどう違うのでしょうか?

●耳が小さく、前に倒しても目が隠れない
●尾が太く短く、先が黒毛で丸い
●前足が短く体高率が50%未満
●顔に額段(ストップ)がない

など、細かい違いが規定されているようです。私は犬の先祖がオオカミだとずっと思っていましたが違う種なんですね。

 難しいことはさておいて、西田氏が撮影したイヌ科動物について専門家の意見も分かれ、特に「日本オオカミ協会」はかなり否定的なようです。「オオカミ協会」という名称なので、生存の可能性を探っているのかと思ったら、どうやら違うようです(詳細は後述)。

 ただ、私がこの本を読んだ限りでは生息している可能性は否定できないなあ、と思いました。なにより絶滅したと言われているニホンオオカミがいるかもしれない、というほうがワクワクするじゃありませんか。

  著者の西田氏が危惧しているのは、ニホンオオカミは絶滅したとして、海外からオオカミを輸入し日本の自然に放そう、という「日本オオカミ協会」による動きがあるからです。日本オオカミ協会の丸山直樹氏によると、日本で絶滅したオオカミを再び放つことによって、生態系のバランスを取り戻せるということです。鹿や猿、猪などによる被害が増えているのは、捕食者であるオオカミがいないからだそうですが…。

 もし、ニホンオオカミが生息しているのに外来種のオオカミを放ったら、それこそ本当に絶滅してしまいます。事実、西田氏以外にもいくつか目撃情報はあるのです。

 西田氏はニホンオオカミの保護政策を国が施策してくれるよう、より確定的な生息情報を求めて調査を続けています。個人の活動には限界があるとはいえ、その熱意には頭が下がる思いです。私も最後の一頭が見つかったといわれる東吉野村では特に目を凝らして探してみようと思います。ほかには昔からオオカミ信仰のある埼玉県・秩父でも、かなり具体的な目撃情報があります。

 そういうことで、ライダーのみなさんもツーリング中に万が一、オオカミらしき動物を見かけたら写真に撮って、しっかりした目撃情報を提供してほしいと思います。

ニホンオオカミの像

2008年6月23日 (月曜日)

女一人で世界2周目! うらんちゃんが日本を北上中!

[ 99.海外, f.出会い, 著者:滝野沢優子]

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**世界一周中のうらんちゃん(WTN-Jのページより借用)**

 2002年から2005年にかけて、女一人で世界一周ツーリングを果たした「うらんちゃん」こと浦野由紀子さんが、またしても世界の旅に出発しました!

 前回は日本→北米・中南米→ヨーロッパ→アフリカ(モロッコ~ガーナ) →ヨーロッパ→ロシア→韓国→日本

というコースだったので、日本からバイクを船で送ったのですが、今回は日本→ロシア(サハリン経由)→中央アジア・アジア→トルコ→中東→アフリカ(エジプト~南アフリカ)→南米

を2年かけて旅する予定です。

 そのため、今回の日本出国は稚内から。 今月26日のサハリン行きのフェリーにバイクとともに乗り込むべく、現在、大荷物を積んだバイクで日本を北上しています。出発の2日くらい前には稚内に到着する予定だそうなので、お近くの方、ヒマな人はぜひ見送りに行ってください。

 うらんちゃんの今回の使用バイクは、前回と同じくSUZUKIジェベル250XC。身長170cm近くある彼女には無理のないポジションで、ジャストフィットという感じです。ジェベルは海外ツーリングライダーに人気があるのですが、現行モデルはキャブレターじゃなくインジェクションになってしまっているので、わざわざ旧モデルを探し回ったとか。ハイテク化してバイクの性能があがるのはいいけれど、コンピューター制御などで素人が修理できないようになるのは困りますね。特に海外の旅では先進国ばかりじゃなく、発展途上の国が多いのだから、どこでも直せるシンプルなバイクのほうがいいのですが。とはいえ、オフロードバイクそのものが少なくなっている現状では仕方がないのでしょうね。

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 私も海外ツーリングから戻って3年。3年9ヶ月と旅の期間が長かったし、行きたいところは行ったという満足感もあって、今のところ次の海外ツーリングを計画する気持ちにはなっていませんが、うらんちゃんのように、これから旅に出る人に会うと刺激されます。人ごとながらワクワク、ドキドキしています。同じ立場で旅したことのある身として、陰ながら応援したいと思っています。

 うらんちゃんは、昨年のスズキミーティングin浜名湖2007でも世界一周したバイクを出展されていましたのでご存知の方もいるかと思いますが、そのときの様子はこちら。

http://www1.suzuki.co.jp/motor/suzukimeeting_2007/furuta_03.html 

 また、海外ツーリングライダーのサイト、WTM-J(ワールド・ツーリング・ネットワーク・ジャパン) でもうらんちゃんが紹介されています。

http://www.wtn-j.com/html/ridersalbum/yukikourano/index.html

 WTN-Jでは、うらんちゃんの旅をブログで紹介していくそうなので、みなさん、注目ですよ!! 

 もう一人、やはり女一人で世界一周22万キロを走って昨年帰国した「鉄馬B女」こと杉野真紀子氏は、今度は馬でモンゴルを旅するのだとか。スゴすぎます。

2008年6月14日 (土曜日)

GSチャレンジ2008

[ 03.関東・甲信越, f.出会い, g.林道・ダート, 著者:瀬戸雅彦]

今年もBMW JAPANが主催するオフロードイベント「GSチャレンジ」に取材を兼ねて行ってきました。GS乗りが共に集い、走り、競うという主旨のこのイベント、今年で3回目の開催となります。会場は一昨年、昨年と、静岡県森町でしたが、今年は群馬県浅間山麓のバラギ高原キャンプ場を出発点とした林道を含むコマ図ツーリングと、浅間火山レース跡地でのスキルチャレンジ(自由参加)で構成。300台もの参加という過去2回以上のスケールで大盛況。

さらに10月にアフリカ・チュニジアでの開催が予定される「インターナショナルGSトロフィー」つまり、日本・ドイツ・フランス・イタリア・スペインの5カ国の代表ライダーが参加するオフロードイベントの日本選考会も兼ねているというから、今年のGSチャレンジは盛り上がる訳です。「GSチャレンジ」という名称のイベントですが、これは「自分なりのチャレンジ」という意味で、例えば初めての林道&コマ図ツーリングにチャレンジするという目的も、その方にとって大きな意義があることでしょう。なにより共にGSを楽しむ者同士が喜びを分かち合うことが大きなテーマとなっています。

GSは今、世界的に人気が高いようですが、日本もまた同様。HP2というよりオフロードに特化したマシンの販売台数は、本国ドイツを除くとイタリアの次に日本が続くそうです。これほどまでのGSの魅力とは、所有感、そして冒険心を満たす大人の趣味、といったところでしょうか。そんな人気が追い風となり、来年もさらにスケールアップしてこのイベントは開催されるとのこと。

ウワサのBMWのエンデューロマシンG450Xも今回お目見えし、オフロードライダー&ドライバー三橋淳さんが豪快にデモンストレーションを行いました。今後、さらにBMWオフロードワールドは過熱していきそうです。

Camp 浅間山麓のバラギ高原キャンプ場に宿泊

Sp ツーリングにはチェックポイントを設定

Charange チャレンジャーもギャラリーも真剣、スキルチャレンジ

PHOTO:CHIKARA MURAOKA

2008年5月31日 (土曜日)

ノスタルジック発見

[ 03.関東・甲信越, f.出会い, 著者:瀬戸雅彦]

ツーリングに出かけて思わず「あっ、得した」と思えるささいな出来事があります。

雄大な風景を見ながら快適にバイクを走らせたり、旅先でおいしいものを食べたり、という体験はもちろんツーリングの中でのメインの楽しみなのですが、もっと小さな感動に突然出会ったりします。

私の場合、そのひとつはバイクに乗っている我が姿を客観的に見ることができたとき。例えば信号待ちで商店の窓に映る自分だったり、高速道路でトラックの後ろについたときに車体に映る自分だったり。旅の一部始終を主観的に見て感じるのがツーリングですが、突然バイクに乗った自分の姿を見たときには「へ~、こんな感じか」とか「カッコいいな、俺・・・」なんておおいなる勘違いに陥ったりしています。

もうひとつが「古きよき懐かしさ」に出会ったとき。都心では見かけにくいですが、旅先で突然、懐かしい看板に出会ったことは皆さんもあると思います。下の写真にあるようなおなじみのキャラクターによる懐かしい看板。これはもう一瞬、若かりし頃の自分にタイムスリップしてしまう小ハプニング。円柱型の郵便ポストとか、手漕ぎの井戸とか、藁葺き屋根の家屋とか、ノスタルジックな光景は味わい旅にかかせないスパイスになります。

バイクに乗っている人は同年代の人に比べて若々しい、というのは間違いありません。それはバイクが五感をフルに使う乗り物であり、旅先で多くの体験をして感動し喜怒哀楽さまざまな感情に包まれるから。バイクが「心と体の健康器具」といわれる所以です。今週日曜日は梅雨どきであるにもかかわらず、ほぼ全国、日が差す予報(東北の一部のみ残念)。ぜひ感動に出会いにバイクを走らせてはいかが?

00527 いまでも「水戸黄門」で出会えます

00531  当時、虫に向かってかけていたんですね

00548 よく食べました。ククレもね

PHOTO:ATSUSHI SEKINO

2008年5月29日 (木曜日)

北海道2008春の花紀行

[ 01.北海道, a.風景, f.出会い, 著者:小原信好]

■ 取材時期でなくても北海道の天気は気になっている。
そして毎年、シバザクラの開花情報もチェックしている。
でも、天気が悪かったり、予定が合わなかったり、なかなか満開のシバザクラを撮ることができていなかったのだ。今年こそ!と思って十数年。
「網膜剥離」の手術をして、入院していたが、退院後は仕事を入れていなかったので、時間はある。5月17、18日の北海道は晴れの予報。花も例年より一週間早く開花しており、ちょうど満開になるという、これは行かねば!!
急遽、カメラを車に積み込んで、八戸港へと向かったのだ。

■ 夜10時に八戸港を出航した「シルバーフェリー」は、翌朝7時に苫小牧港に着く。
ちょうど一晩寝ることができる便利な便である。
まず、向かったのが、むかわ町にある「たんぽぽ公園」(北海道10F-2)。
たんぽぽが咲く広さ日本一の公園という事で、町でがんばってきたのだが、何年か前の洪水で、河川敷は水没してしまい、公園の半分のたんぽぽが流れてしまったようだ。
なので、意外と地味に黄色い花が咲いていたが、これはこれでいいんじゃないかな。
普段はサッカー場なので、ゴールポストが置かれているわけで、たんぽぽ咲くサッカーコートなのだ。花を踏むのはしのびないのだが、たんぽぽは野草なので、踏まれて強くなるらしい。
ちょうど役場の人が来ていて、教えてもらった。
元々は、河川敷周辺には牧場があって、その牛や馬達の蹄に付着したたんぽぽの種が広まったのだそうだ。
増水して土砂が蓄積してしまい、随分と低くなったベンチに座って、春の風と鳥達の鳴き声をゆっくりと聞いた。

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■ 次に向かったのは、大空町(旧東藻琴村)の「芝桜公園」(北海道43B-3)。
3年前にも一度訪れたが、時すでに遅しで、ほんの少ししか咲いていなかったのだ。
しかし今回、初めて丘一面のシバザクラを見ることができた。
ピンクと白のストライプ模様に植えられ、迫力の光景だ。しかし、町のイメージキャラクターの「ノンキー」くんの顔の形で植えられている部分があって、それはどうかと思うが…。
土曜日ということで観光客も多く、人を画面に入れないで撮影するのは一苦労でしたが、長年の夢が叶ったのでした。

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■ 上湧別町の「チューリップ公園」(北海道48A-1)は、「ツーリングマップル北海道」を担当し始めた翌年(1998年)に撮影に来て以来だ。
これが、意外と良かった。芝桜と違って、いろんな種類のチューリップが植えられているので、公園内を歩いて見て回るのが楽しい。平坦な公園なので、散策するのも簡単なのだ。

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■ そして、一番のお目当ての「滝上公園」(北海道47D-1)。
こちらは、山の斜面一面がピンクに染められていた。
おととし訪れた時は、ピークがとっくに過ぎていて、マダラなシバザクラだったが今回は素晴らしい!
また、この公園の駐車場は丘の中腹にあるため、シバザクラの中を走ることができるのだ。
この日もライダー達が訪れていた。するとバイク置き場で休憩していたライダーから話しかけられた。旭川在住の片岡さんだ。昨年、「屈斜路湖」の湖岸にある秘湯「イソの湯」でモデルになってもらった方なのだ。偶然の再会である!
あの時は、どうしてもモデルが欲しくて、道端でバイクを止めようとしたのだが、止まってくれるライダーは少なく、また止まってくれてもモデルは断られていたのだ。
そんな時に、現れたのが片岡さんだった。
時間がないからと一度、走り去ったのだが、バックミラーの中で道端でうなだれている私を不憫に思ってくれたようで、Uターンしてモデルを引き受けてくれたのだ。
「あん時は、怪しかったなぁ(笑)。バイクを止めて、温泉のモデルやってくれ!って言うんだから」と片岡さん。
「そうそう、撮影終わったら、あの小さな湯船に一緒に入りましたよ。そりゃ、疑いますね」
「ハハハ!でも、今年のツーリングマップル北海道に掲載されていてホッとしましたよ(笑)」
「おかげでいい写真が撮れました。で、せっかくだから、今日もモデルお願いします!」
と言う事で急遽、シバザクラをバックに走ってもらいました。
いや〜〜最高です!!今年も助かりました、感謝です!

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2008年5月25日 (日曜日)

今年初のシーカヤックへ!!

[ 07.九州・沖縄, f.出会い, z.その他, 著者:内田一成]

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 去年の11月に神奈川の葉山で漕いで以来、久しぶりのシーカヤックに行ってくる。

 今回は、鹿児島の姶良町でオリジナルシーカヤック「アイラ」や「ナノック」を制作販売しているランドアートの安藤氏がガイド役を買って出てくれて、 南国鹿児島の風光明媚なスポットを巡ることになっている。

 じつはこれ、明日発売の"Goggle誌"から連載が始まる『二輪 花鳥風月 --DN01で味わうニッポンの深層風景』 取材の第2弾。

 日本列島には、大陸から朝鮮半島を経由してきた民族移動のルートがあり、さらに北からサハリン、北海道と渡ってきたもの、そして、 遠くポリネシアから北上してきた海上ルートがある。そんなことやら、鹿児島独自の「桜島文化」というか、薩摩隼人の精神というか、 そんなことなどなどをDN-01とシーカヤックという、陸と海の違いはあるけれど、 パーソナルなクルージングギアを使って風や光を浴びながら、つらつらと考えようと思っている。

 じつは、Goggle誌の本多編集長は大のシーカヤックファンなのだが、そのきっかけとなったのは、ぼくが誘った四国で行われた 「シーカヤックミーティング」だった。

 その後彼は、一気にのめり込んで、ランドアートの「アイラ」艇を手に入れて、主に湘南の海を回遊するようになった。 火付け役のぼくのほうは、自艇はなく、いつもレンタル艇でプカプカと浮いているだけなのだが、今回は、久しぶりに本多氏と、 彼の愛艇の故郷の海で一緒に漂うのを楽しみにしている。シーカヤック仲間の安藤氏とも久しぶりの再会が楽しみだ。

 じつは、ツーリングマップルマガジンで同じようなことを考えていたのだが、それは果たせず、図らずも、別な形でできることとなった。  

 今回はDN-01絡みだけれど、7月には奄美で無人島を巡る長期ツアーを楽しもうと思っている。

 冬のフィールドが今ひとつ楽しめなかった分、夏のマリンスポーツを満喫するのだ!(笑)

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2008年5月24日 (土曜日)

女性ライダーの祭典

[ 03.関東・甲信越, f.出会い, 著者:瀬戸雅彦]

WIMA(ウイマと読みます)を知っていますか?

Women’s International Motorcycle Associationの略称で、女性たちの国際バイク組織のこと。その目的は、世界中のバイク好きな女性たちが手を結び、交流することです。欧州を中心に、アメリカ、オーストラリアなど20カ国に支部があって、約2500人もの女性ライダーがメンバーとなっています。その発祥は、1950年、ひとりのアメリカ人女性ライダーによるもので、当時はバイクといえば不良の象徴。その偏見のなかで組織を設立・運営していくのは、苦労があったようです。

このWIMAは日本にも支部があって、先日ラリーストで現在は富士山麓にてネイチャーライフを実践している山村レイコさん宅に取材にうかがったときに、偶然メンバーの皆さんとお会いしました。毎年各国持ち回りで開催される国際ミーティング「インターナショナルラリー」の2010年開催国が日本に決まったようで、その下見に来ていたのでした。この場合のラリーとはその本来の意味である「大会」のことで、競技とは無関係のバイクの祭典です。山村レイコさんもまたWIMAの賛同者で、2010年のインターナショナルラリーに向けての準備に協力されていました。

約15名ほどのWIMAメンバーの皆さんが集まっていましたが、バイクはオンオフ問わず、メーカーも国内外と様々で、とにかく皆さん輝いていたのが印象的。ツーリングを趣味にしている方ばかりなので、きちんと自分をしっかり持っている自立した女性ばかりに映りました。そしてとても明るい。山村レイコさんとバイク談義にいつまでも花が咲いていました。

来る2010年には欧州をはじめとした多くの女性ライダーが日本を訪れ、共に走り、笑う時間が持たれます。昨今、日本の女性ライダーも確実に増えてきていて、それは女性用のバイクウエアや用品の豊富さからも認識できます。どうか多くの日本の女性ライダーがこのイベントに参加し、「ライダーに国境なし」と国際交流が深まって、日本のツーリング文化がさらに輝かしいものになっていけばいいですね。

WIMAは世界中の女性ライダーと交流したいと考えるすべてのバイク好きな女性に参加資格があります。会費は年間2500円(通信費・サーバー運用費などにあてられます)。2010年インターナショナルラリーは、427日(火)~53日(月)、静岡県富士宮市内の宿泊施設で開催されます。WIMAについて、また2010年のインターナショナルラリーについて、詳しくはサイトを御覧ください。http://www.wima.gr.jp/

Minna WIMA日本支部の皆さん

Wrto 山村レイコさんとバイク談義

PHOTO:KEN FUNAHASHI

2008年5月11日 (日曜日)

宮沢賢治に会いに……

[ 02.東北, f.出会い, 著者:内田一成]

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 GWは、宮沢賢治の足跡を訪ねる旅をしてきた。

 あの「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ……」という詩が、37歳でこの世を去った賢治の最後の詩であり、それも、 彼の死後に発見されたものであることを知った。

 そして、農業振興に力を注いだ晩年の賢治は、自分の理想になかなか近づくことができず、 自らのあり方にも疑問を抱いていたことを知った。

 花巻をはじめ、彼の縁の場所には、あの有名なマント姿で俯きながら歩む賢治の姿がオブジェとして展示されているが、 そんな賢治の晩年のことを思うと、そのオブジェの姿がなんとなくもの悲しく思える。

 賢治は詩作や童話作品の他に、絵画も残している。そんな絵画の中で、昔から、『日輪と山』という作品が好きだった。時々、 一人で夜の山に登り、自らの内にあるものを見つめていたという賢治は、それを現実の風景とも幻想ともとらえられるような景色として描いた。

 自らが自らを高めていき、その凝縮された頂点を目指すかのように、急な傾斜で立ち上がる山と、それにかかる日輪。 熱心な仏教徒でもあった彼は、そこに自己実現と信仰との融合を見たのかもしれない。

 花巻を後にした後、遠野を訪れた。

 遠野物語の語り手である佐々木喜善がエスペラント語の学習に熱心だったことを知った。エスペラント語といえば、 賢治もエスペラント語に傾倒して、イーハトーボをはじめ様々な地名をエスペラント風にしたことで知られるが、じつは、 晩年の二人は交流があったのだという。

 歳は佐々木喜善のほうが10歳上だが、亡くなったのは奇しくも賢治と8日違いだったという。

 賢治は地元岩手の自然や歴史からユニークな童話を発想し、喜善は、丹念に昔話を掘り起こして、 地元の自然や歴史に再び光を与えていった。

 新緑が眩しい山々を抜け、色とりどりの花に迎えられて、北上山地独特の伸びやかな草原で瑞々しい風に吹かれ、 賢治と同時代に遊んだような不思議な旅の時間だった。

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2008年5月 5日 (月曜日)

栗駒高原のW-1

[ 02.東北, f.出会い, 著者:滝野沢優子]

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**W-1は1948年製だというから、なんと60年も経っているんですね(栗駒山の麓にて) **

 
 陽春の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。すっかり暖かくなり、あちこちの道路も冬期閉鎖が解除されて再開通となっています。
 私も先日、再開通されたばかりの栗駒高原へ行ってきました。ツーリングではなくバックカントリースキー目的なので車でしたが、 下山して駐車場で休憩しているときに、なかなか渋いライダーに出会いました。

 ドコドコドコっと独特な太い音を立ててやってきたのは、KAWASAKI のW-1。 往年の名車をこんなところで見るとは! ピカピカに磨かれていて大事に乗っているのがわかります。

「お金がないから新しいのは買えねえし。しばらく放っておいたのを直して乗ってんだ~」

と言う岩手訛りバリバリのライダーは、ここから1時間ほどの一関市に住む千葉さん。年齢不詳気味ですが50代前半くらいでしょうか。 栗駒山へはやはりバックカントリースキーでちょくちょく来るそうですが、腰を痛めているので今日はバイクで下見、ということでした。しばし、 バイクの話や山の話で盛り上がり、地元のいい温泉なども教えてもらいました。

 白髪交じりの野人風ヘアスタイルの千葉さん、いでたちは古いながらもジャケットはKUSHITANI、 ウエアはよく見るとノースフェイスやモンベルというアウトドアブランドなのに、着こなしのせいか朴訥な雰囲気のせいか、はたまた足元の長靴 (雪解けの時期には実用的)のせいか、決してファッショナブルには見えません(失礼!)。 今風の「チョイ悪オヤジ」とは対極にありますが、 バイクを大事にする姿勢やアウトドアな趣味を楽しんでいる様子は、とっても素敵に見えました。要するに、 バイクやウエアがいくら新しくてカッコよくても、それで何をするのかが大事なんじゃないでしょうか。 
 新しいバイクに跨って、スタイリッシュなウエアを粋に着こなし、「モテ」を意識して都会やその周辺をウロウロする「チョイ悪オヤジ」 もいいけれど、やっぱり人間は中身。「モノより思い出」って車のCMにもありましたよね。というわけで、ライダーのみなさん、 どんどん旅に出ようではありませんか!(ガソリン代あがりましたけど)

 


 

 

2008年5月 2日 (金曜日)

森下紀行 その1

[ 03.関東・甲信越, a.風景, b.温泉, c.食べる, f.出会い, 著者:賀曽利隆]

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地下鉄・都営新宿線の森下駅で下車

「300日3000湯」の単行本の原稿を書き始めたことによって、東京・森下にある昭文社の制作本部に行くことが多くなった。ところでこの「森下」周辺というのがじつにおもしろいところ。先日、ほんのちょっとの時間をとって、森下近辺を歩いてみた。さあ、「森下紀行」のはじまりだ!

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(左)森下の交差点
(右)「芭蕉記念館」を見学

地下鉄・都営新宿線&大江戸線の森下駅で下車し、新大橋通りと清澄通りが交差する森下の交差点へ。そこが「森下紀行」の出発点。新大橋通りで新大橋の方向にぷらぷら歩き、「新大橋」の交差点を左折し、万年橋通りに入っていく。通りの右手の「芭蕉記念館」(入館料100円9時30分~17時)を見学。壁に貼られた「芭蕉の旅の足跡」に目がいく。1枚の地図に「野ざらし紀行」、「鹿島紀行」、「笈の小文」、「更級紀行」、「おくの細道」のルートが記されている。芭蕉の陶像や伝説の「石の蛙」が展示されている。「すごいなあ!」と思ったのは近世中後期の「諸国俳人一覧」。それには日本全国の主な俳人が記されているが、当時のレベルの高さを見る思いがした。そのほか与謝蕪村や小林一茶の「俳人真蹟」なども展示されている。


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「芭蕉庵跡」の芭蕉稲荷神社

萬年橋の手前に昭文社の制作本部があるが、その前に「芭蕉庵跡」に寄って行く。今では「芭蕉稲荷」の小さな祠があるが、芭蕉の門人、杉山杉風によって提供された芭蕉の草庵はここにあった。「古池やかわず飛び込む水の音」の名句もここでつくられた。

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(左)「芭蕉庵史跡展望庭園」の芭蕉像
(右)「芭蕉庵史跡展望庭園」から隅田川の下流方向を望む


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「芭蕉庵史跡展望庭園」から隅田川の上流方向を望む

「芭蕉庵」前の隅田川と小名木川の合流点には「芭蕉庵史跡展望庭園」(入園無料)。そこには芭蕉像が建っている。展望庭園だけあって眺望抜群。隅田川にかかる清洲橋を眺める。目を上流側に向けると新大橋。庭園の古地図(安政5年)を見ると、隅田川には永代橋と新大橋はかかっているが、その間の清洲橋はない。

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(左)小名木川にかかる萬年橋
(右)小名木川の水門

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萬年橋のたもとにある昭文社の制作本部

小名木川にかかる萬年橋の上に立ち、水門を眺めたあと、橋のたもとの昭文社の制作本部へ。森下の交差点からここまでは200メートルほど。さきほどの古地図によると、そこは「松平遠江守」の屋敷跡だ。昭文社では桑原さん、若林さん、大久保さんに会い、ひと仕事を終え、出来上がったばかりの『ツーリングマップルマガジン』の第2号をもらい、「森下紀行」の後半戦に出発だ。

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(左)小名木川にかかる高橋を渡る
(右)江東区水上バスの「高橋船乗場」。江東区水上バスは今はない

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地下鉄の清澄白河駅入口では内田一成さんとのうれしい再会!

清澄通りに出、小名木川にかかる高橋を渡る。この橋のすぐ近くには「高橋船乗場」。以前は江東区の水上バスの乗場だったが、今はない。高橋を渡ると地下鉄・半蔵門線&大江戸線の清澄白河駅。ここでは『ツーリングマップル』の「中部編」を担当している内田一成さんとばったり再会。「旅は出会いだ!」といって喜ぶカソリ。内田さんは小名木川河畔の遊歩道を歩きたくって清澄白河駅で降りたという。

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清澄庭園

内田さんと別れ、清澄通りを歩き、「清澄庭園」(入園料150円9時~17時)へ。昭文社の制作本部からここまでは300メートルほど。江戸の豪商、紀伊国屋文左衛門の屋敷跡といい伝えられている「清澄庭園」だが、明治になると三菱の創始者、岩崎弥太郎が「深川親睦園」として開園した。伊豆磯石、伊予青石、生駒石…など全国から集めた銘石の数々には目を奪われる。ここには芭蕉の「古池やかわず飛び込む水の音」の句碑もある。庭園内の最も大きな築山は「富士山」だ。


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(左)「採茶庵跡」の芭蕉旅立ちの像
(右)海辺橋たもとの「採茶庵跡」

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松平定信の墓がある霊巖寺

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(左)「深川江戸資料館」
(右)「深川江戸史料館」では江戸の町屋を再現

さらに清澄通りを歩き、仙台堀川にかかる海辺橋を渡ったところには「採茶庵跡」。杉山杉風の別荘のあったところで、芭蕉は「おくの細道」にはここから旅立った。芭蕉の旅立ちの像もある。

「採茶庵跡」で折り返し、「清澄庭園」前からは「深川江戸資料館」へ。その途中の霊巖寺には陸奥白河藩の藩主であり、「寛政の改革」をおこなった江戸幕府の老中、松平定信の墓がある。「深川江戸資料館」(入館料300円9時30分~17時)は一見の価値あり。館内には江戸の町屋が再現され、火の見やぐらが立っている。白壁の土蔵がひときわ目を引く。このように昭文社の制作本部の周辺というのは見所、盛りだくさん!

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(左)三ツ目通りを行く
(右)大富橋下の釣り船の船溜まり

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